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2020年09月24日22:27

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ガンダム作品の要素

こんばんは、月影TAKAです。
こちらでは「ガンダム作品の要素」について語ります。

富野監督は「自分はガンダム作品の監督という認識だけで終わりたくない」と語ってましたが…富野監督、それは罠です。
「ガンダム作品を作るならガンダム作品を貫いてください。蛇足は罠しか生みません」が視聴者と読者の結論です。

これは「サスライガー」を見て思った事ですが、SFロボットアニメはどんなに西洋の洋画風にしたり現代演出を入れても「SFロボットアニメの枠を出られない」事を悟りました。
でも「サスライガーは面白いし名作と言われる所以もわかる気がする」それが「サスライガーの世界観は近未来SFでありながらもその世界観の中に嘘が無いから」である。
もうこの悟りが「究極の結論」で構わないと思う。
故に「富野監督はターンエーガンダムを作ろうともGのレコンギスタを作ろうとも確実に失敗する」のである。
何故なら「その作品には富野監督の虚構しか見えてこないから」である。
そう「虚構」である。
ようは「出来の悪い作り物で、世界観に納得のある真実が無い(嘘だらけである)」ということ。
ロランとかローラ・ローラー出しても無駄です。
黒歴史と月光蝶がまさに「嘘の照明」となってしまっているんですよ。
何故なら、思い返し下さい。
どうして「黒歴史」と呼ぶのですか?そもそも「黒歴史とは何?」に立ち返ってください。
これは完全に「哲学論」です。
いままで私達は「ただ製作者側に与えられ続けていた」がそれが本当に正しい物なのかを審議しませんでした。
そして審議した結果、その設定その物に「虚構の要素が潜んでいた」事を理解しました。
そう「黒歴史とは封じられた時代の歴史である⇒それが宇宙世紀だったり、未来世紀である」ということ。
つまり、その黒歴史という世界が「ガンダム作品の正統であり真実」とするなら、「すべて叩き潰されて、嘘八百の虚構世界作った」のが「ターンエーガンダム」である。
要はそういう事なんですよ。
つまり、「ターンエーガンダムにSFロボットアニメとしての正しさはない。あるのはただの虚構で嘘だらけだ」というのが結論である。

そう、サスライガーにあってターンエーガンダムにはない物…それはサスライガーの真ん中まで見たらよくわかるんですよ。
それは「シナリオプロットに1ミクロンもサスライガーには破綻が無い」ということです。
要するに「サスライガーのゲスト話だろうが本筋の話だろうが、作品構成の設定に破綻が存在しない」事がサスライガーを真実の作品たらしめる要素であることに気が付いてしまったんですよ。
しかし、それに比べてターンエーガンダムのなんて虚構で曖昧な設定の事か。
「ターンXとは?」「ターンエーガンダムを製造された場所は?」「どうしてターンエーガンダムは暴走した?」「月光蝶なんてMSに本当に必要なのか?」「月光蝶の技術はどこが開発してどうやってターンエーガンダムに採用された?」「そして、月光蝶後の地球をムーンレースはどうやって再生させたのか?」とか全く「謎exclamation ×2」の一言で語らないですよね。
これが発生したらどうなると思いますか?
それはプラモ作りで言うなら「出どころ不明で本当にそのプラモ用の部品なのか分からない状態で組み込んで完成しているのかもわからない状態でとりあえず完成と言い切ったポンコツモデラーのガンプラ」と同じレベルの物しかできないんですよ。

べつにサスライガーが「どこかの御曹司が主人公達のために用意して作らせた」でも構わないんですよ。
それが「味方側の工場で主人公達の基地兼冒険を進めるための強いロボットの形をした力」という事が伝わればそれは「1ミクロンも破綻が無い」と視聴者は認識するんですよ。

そして、ターンエーガンダムが一番ダメなところは「ビルドファイターズが一番ダメだと言われている部分」にも相当する。
それが「SFと現実の混同」である。
多分、これが賛否の最大の原因だと思う。
ビルドファイターズなら「レイジとアリアン」です。
まあ、上記の2つは「ビルドファイターズの主人公要素の最大の売り」かもしれませんが、私からすると「これが原因でビルドファイターズは一生ガンプラバトル作品とは認識されない」という問題を抱えたんだと思う。
何故なら「アリアンは宇宙世紀の本当のコロニーである」ためです。
つまり、「レイジとアリアンだけビルドファイターズにおける作中フィクションである」という事になる。
ようは「作中作」という奴で、「ビルドファイターズ内にもアニメとしてのガンダム作品がある」ように、「ガンプラバトル作品に現実要素としてコロニーを出してはいけない」と強く思うわ。
何故なら…「ガンプラバトル作品は作中作がフィクションと割り切られているから作中内の技術がいつか現実のものになるとして夢を与え、ガンプラやプラモバトルを読者や視聴者の距離感を近づけている」という事になるからである。
要するに「ガンダム作品は完全にフィクションである」という割り切りの下で、プラモ狂四郎やプラモウォーズは現実の世界の舞台をテーマにガンプラを仮装電子上に現出させて主人公達がガンプラを動かすプレイヤーとして戦って読者や視聴者を喜ばせる作品なのである。

なので、「レイジとアリアンはガンプラバトルとしては本当は存在しない方が良い」というのが究極の結論である。
何故なら「彼と彼の住む世界は作中作として完全にフィクションの世界の内容であり、そんな作中作の内容がガンプラバトルの世界に入ってしまうと現実とフィクションの境界線が粉々に壊れるから」という事ですね。

流石サンライズですアホの極みだと思います。
「わざと境界線を壊してんだよ」とか言ったら、それはまごう事なき「無能」の照明でしょう。
「上記の何をお前らは来とったんじゃ(怒)」と蹴飛ばしたくなりますよ。
言ったように「ガンプラバトルは、ガンプラの元になったガンダム作品が完全にフィクションだと割り切られて、作中世界観を完全に現実側に寄せたからリアリティーと親近感がわいてくる」要素なんですよ。
つまり、レイジとアリアンは「リアリティーと刃真逆のフィクション全開で視聴者や読者からガンダムやMSを遠ざけてしまう要素の塊」という事にはよ気づけやと思う。
それは遠ざかるだろ。
だって「レイジみたいな特殊な力を使える人間やアリアンみたいなコロニーが建造されないとガンプラバトルなんて一生かかってもできない」とその存在と要素が主張しているのと同じなんだから。
どうして「プラモ狂四郎やプラモウォーズが受け入れられたのか?」と言われたら、「作りの物世界観の中に現代技術を飛躍して一つの現実を見せてくれるから」となる。
「シート筐体に座ってスキャンしたガンプラを電子上で動かしてバトルする」なんて、ガンプラ要素を抜いたら「戦場の絆」でしょ?
ようは「一部の技術は現実に存在する」のが現在なんだよ。
そして、それができる前から、プラモ狂四郎やプラモウォーズのおかげでそれが「一生かかっても無理なフィクション枠」と思わなくて済んだんですよ。
でも、ビルドファイターズは違います。
あれは完全に「原作のガンダムの世界観に寄せようとしているサンライズの陰謀を感じる作品」だと思います。
これは完全にサンライズ側が分かっていないと思います。
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