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2020年01月17日16:19

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【バレエ】シェフチェンコ(キエフ)「白鳥の湖」(その2/1月11日ソワレ)

ノーヴィコワさんに連発されるブラボーをしらけた気分で聞いているうちに、数年前のイワンくんのことを思い出した。かつての凄まじいばかりの踊りは影を潜め、終盤の力尽きた様子は哀れでさえあったが、それでも狂気のように声援と拍手をおくる観客がいた。彼ら彼女らは昔の姿を脳内に再生しているだけで、目の前の舞台は見ていないのだろう。

バレエ・ダンサーの3日云々は極端にしても、トレーニングをさぼったり加齢によって日々状況は変わるし、体調や気分でも舞台の出来は良くも悪くもなる。これは個人、バレエ団を問わず言えることで、先入観を抱きやすい人は、お寺でも散策しながら「諸行無常」について思索してみてはいかがだろう。


主役については最後に記すとして、オケの指揮はバクランさん。彼も敬愛する指揮者のひとりだが、今回に限っては、てっきりジャジューラさんだとばかり思っていた。大阪公演は彼からバクランさんに急遽変更になったとも聞くので、体調を崩されたのだろうか。

冒頭の乱調にオケもまた疲弊しているのだろうと諦め気分になりかけたが、その後はなんとか復調してくれた。トランペット、音の色艶が前日とまったく違う。(笑) カテコでも床を踏みならす音が観客席にまで響いてきた。

ロットバルトは前日と同じネトルネンコさん。リズミカルでシャープな踊りは好みだが、マチネのチェボタル・ロットも観てみたかった。王妃様はシェフチェンコのノーヴィコワさん。マリインスキーのノーヴィコワさんは、産後絞りまくったからなのか想像以上に老けていて驚いたが(まだアラフォーティのはず)、こちらのノーヴィコワさんは近寄りがたい冷徹な雰囲気の美人。

トロワはスハルコフくんが王子なので代わりにカブリシキフくんが入り、女性2名は前日と同じ予定だったが、パンチェンコさんがマチネで怪我をしてしまったため降板、カルチェンコさんが代役に。前の日記でパンチェンコさんの不調を記したが、その時からすでに具合が悪かったのかもしれない。また彼女は大白鳥、花嫁候補にも出番があったので、それぞれクルクさんとムロムツェワさんが入っていた。

ムロムツェワさんはマチネの主役だったが、公演中のトラブルだったため早々に代役を指示されたとのこと。彼女はお皿の「白鳥」でも花嫁候補を踊っているが、この役に彼女を配してはダメだと思う。「彼女がいい!」と王子が言い出して、別の物語になりそうだから。(笑)

ちなみに4日府中でのデビューに続く2度目のオデット(11日マチネ)は、「美しい白鳥姫」だったそうな。特筆するほど上手くはないというだけで下手な踊り手ではないし、いまはまだ役作りにまでは気が回らないと思うが、表現力の地力はありそうだから、もう少しこなれてきたら彼女の白鳥姫も観てみようと思う。フィリピエワさんによれば、彼女はとてもシャイな性格のようで、他人を押しのけてでも上にという競争心の希薄さが、ゆっくりとした成長速度の遠因なのかもしれない。

話をトロワに戻すと、代役の2人は良かったが、こんどはグルスカヤさんの調子がいまひとつだった。彼女も疲労が溜まっていてもおかしくない起用だから、その後の公演での怪我が心配だ。

他の配役も、前日どころかマチネともほぼ同じで、上記ムロムツェワさんの例から察するに、本当にギリギリの人数で回しているようだ。バレエ団側が頭数を確保できないと個々の負担が増し、疲労や降板で舞台クオリティは低下する。目先の収益は減る(チケット代が上がる?)だろうが、公演の評判は将来の集客にも影響を与えるのだから、光藍社も日程を再考すべきではないだろうか。


11日のソワレは、数あるバレエ公演の中でも特別な舞台だった。
バレエ史に名を残すレジェンド・ダンサーの、最後の「白鳥全幕」だったからである。

ウクライナの至宝、キエフ(キーウ)の名花と讃えられるエレーナ・フィリピエワさんは、悪い意味で嗜好の偏った日本のバレエ・ファンの間では知る人ぞ知る的な存在だが、世界的には名の知られた実力派の踊り手である。

栴檀は双葉より芳しの例え通り学校時代から注目されており、1988年の卒業後はソリストとしてシェフチェンコに入団、翌1989年にはオデット・デビューも果たしているが、齢は今年で50歳。まだリタイアする意思はないものの、本国では全幕作品を踊る機会は後輩に譲り、若手を指導する時間を増やしているという。

そのため、光藍社のウェブサイトにアップされている寺田学校芸監のインタビューによれば、当初フィリピエワさんは今回の話には乗り気ではなかったようで、周囲の説得が功を奏したのか翻意しての登板となったとあるが、アラビアの衣装(暮の「くるみ」)で判明した、お腹周りにうっすらとラインを描く脂肪の層が、それが事実であると語っていた。(笑)

「くるみ」1回目の観覧では、彼女にしては踊りに精彩がなかったことは以前の感想に記したが、2回目では早くも復調の兆しがあり、この日の「白鳥」ではきっちりと仕上げてきた。彼女が最初渋ったのは、最盛期の踊りはもう披露できないからというのが理由だったが、可能な限り元に戻そうと努力していたことがうかがわれる。そして本人的にどこまで納得できたのかはわからないが、あそこまで素晴らしい「白鳥」はそうそう観られるものではない。もしあれを観て「歳だから」というのを理由にけなしている人がいたら、今後その人の言うことを信用してはいけない。

フィリピエワさんのオデットは、ロパートキナさんのクリスタル的なものとは異なる透明感と、濃厚なマツァークさんとも異なる温もりをまとった白鳥姫。いったいいくつ関節があるんだと問いたくなるうねるような腕使いは、いまでは少なくなったクラシカルなスタイルだが、滑らかで優美な彼女の踊りにはマッチしている。

オディールが登場する時は、それまで暗転していた舞台の照明が一斉に点灯するが、彼女の場合、それは自身が放つ邪悪な光のようで、その圧倒的な存在感はロットバルトをも支配してしまう。著名なバレエ・ダンサーには目力を特徴とする人がいるが、さしずめ彼女は元祖目力ダンサーで、王子が籠絡されるのも、あの大きな瞳に見つめられたら仕方がないと納得してしまうほど。(笑)

さすがにフェッテは諦めていたが、高速のピケターンはプリセツカヤさんの映像を観ているかのようで、ラストはスハルコフくんが絶妙なタイミングでマネージュを繋いでくる。あの見事な連携と展開、流れなら、フェッテなどなくともまったく気にならず、客席からも大きな拍手が巻き起こる。

スハルコフくんは昨年あたりから伸長が著しく、その中にはサポートの巧さも含まれ、彼女が最後のジークに彼を選んだのもよくわかる。舞台やパートナーシップの完成度は、前日の夫婦の舞台よりも遙かに上だった。もちろん、フィリピエワさんの長所にしっかりと追随する、踊りが語る彼の表現力あってのものであることは言うまでもない。

3幕の湖畔の場面では、フィリピエワさんの演技に新しい発見もあった。群舞たちとの悲しみの踊りに続く、王子との再会場面で、彼女は「もうダメなの」といわんばかりに、はっきりとわかる「ため息」をついていた。もしかしたらどこかで誰かがすでにやっていたかもしれないが、ここまであからさまなため息を観たのは初めてだった。(笑)

さらに続く場面,王子との会話の中では、突然驚きの表情を浮かべる。「白鳥」は何百回となく観ているが、この演技をした人も観た記憶がない。

あれは何に対しての驚きなのでしょうね? と問うと、「あの場面ではオデットは完全に諦めてるよね。そこに王子が、諦めるな、まだ手立てはある! と言ったんじゃないかな」と我が師。なるほど。誓い云々は自然法則ではなくロットバルトの呪いだから、それを打破することができればまた一緒になれる、というようなことを言われたのかもしれない。

群舞たちの足音も、こころなしか前日より小さくなっていた気がする。「フィリピエワさん最後の白鳥全幕」というのは他の団員たちも知っていたはずだし、公演に向けて身体を絞る努力も目の当たりにしていただろうから、彼女を師と仰ぐ後輩であれば、疲れた身体に鞭を打ってでも、良い舞台にしようと努めるだろう。実際、オケの気迫も違ったし。そして観る側も気合いが入った。彼女が舞台の上にいる間は、その姿を1秒でも無駄にすまいと、溢れそうになる涙をこらえて集中し続けた。


他人の話に耳をかさない人との会話ほどむなしいものはないので、普段ははいはい好みの違いだよねー、と適当にあしらっているが(笑)、バレエの技量には、回転が得意とか、跳躍力があるとか、演技力に長けているといった個別の得手不得手はあっても、個人の好みとは別に、客観的かつ絶対的なうまへたがある。

フィリピエワさんは、超高速での5回転6回転連続フェッテや、跳んだら落ちてこない跳躍をするわけではないが、音楽を奏でるかのような美しい踊りと豊かな表現力、物語の構築力では超一流の踊り手である。

10日の公演は、そんな彼女が30年もの長きにわたって踊り続けてきた「白鳥」の、いわば集大成とも言える舞台である。日程的にやむを得ずではなく、意図的に彼女の公演日を外した人がいたとしたら、それは千載一遇の機会を自ら放棄したも同然、実にもったいないことをしたとしか言いようがない。
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