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2015年06月30日23:01

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ギリシア

吉崎達彦のブログより


「ちょっとおたずねしますが、学生さん、あなたはこんな経験はおありじゃないですかね・・・・うん、と・・・・そう、あてもないのに借金を申し込みにい行くといった経験は?」

「ありますよ・・・・とはいっても、あてがないのにとはどういうことです?」

「つまり、まるっきりあてがない、行く前から、そんなことをしたってどうなるものでもないってことは承知しているのにですよ。早い話が、たとえばあの人間が、あの、すこぶる思想穏健で実に有益な市民であるあの人間がまかり間違っても自分に金を貸してくれないということは、前もって百も承知している、だって、あの男がどうして貸してくれますか、ひとつおうかがいしたいものですな? 先方には、わたしが返さないということはわかっているのですからね。同情心に駆られてということもあるって? ところが、新思想を追いかけているレベズャートニコフ氏はついこの間も、今日では学問さえ同情というものを禁じている、経済学の本家本元のイギリスではすでにもうそうなって来ているなんて説明していた矢先ですよ。どうして貸してくれますかね?それを、貸してくれないことは前もってわかっていながら、やっぱりのこのこ出かけていって・・・」


○上記は『罪と罰』の中に出てくるラスコーリニコフとマルメラードフの会話である。マルメラードフは役人のくせして、勤めに出ないで酒ばかり飲んでいるダメ男である。ひとり娘が「黄色い鑑札」で稼いできたカネを、呑んでしまうようなダメダメな父親でもある。さらには、妻の靴や靴下まで呑んでしまうダメダメダメ〜な夫であったりもする。いやー、それにしてもさすがは文豪ドストエフスキーで、こういう種類の人間の「業」が妙にリアリティをもって迫ってくる会話の応酬であります。読みだすとついつい後を引いてしまいます。

○しかしながら、こんな野郎にカネを貸すのは、単に無駄遣いであるのみならず、結果的に他人の家庭の悲劇を増幅してしまう愚かな行為と言えましょう。そんなことは21世紀の今ではすっかり常識になってしまった。ただし『罪と罰』が書かれた19世紀には、そういう合理性を有していたのは「経済学の本家本元のイギリス」くらいであって、まだまだキリスト教的な同情心が勝る人も少なくなかったようである。

○ということで、いよいよIMFに向かって「カネなら返せん!」と男らしく啖呵を切る今のギリシャ政府を見ていて、つい上のやり取りを思い出してしまった。おそらく自分たちに明日がないことは、このマルメラードフと同様に今のギリシャ人たちにはよくわかっているのだろう。理性があれば、7月5日の国民投票で緊縮策を受け入れる。もうちょっと賢かったら、今すぐチプラス首相を引き摺り下ろしてEUに対して頭を下げる。ただし、やけのやんぱちで、緊縮策に反対して経済的自殺を遂げてしまう可能性も、十分に排除できないと考えておくべきだろう。

○人間集団というのは弱いもので、追い込まれると「穏健な現実論者」が魅力を失い、「できもしないことを言う理想論者」が魅力的に見えてしまうという病理を抱えている。だからこそ、今年1月のギリシャ総選挙においては、シリザという素人集団の政党が与党になってしまい、学生運動出身で、チェ・ゲバラを信奉する40歳の首相を生み出してしまったわけである。(まあ、わが国も少し前に鳩山首相が高い支持率を謳歌した時期がありましたけど)。
もっとも今のチプラス政権には、このマルメラードフのようなある種、気高い精神は見当たらない。なにしろこの呑んだくれは、ラスコーリニコフに向かってこんなことを言うのである。


「わしが酒をやるのは、こうして呑むことによってあれを憐れに思い、しみじみとそれを感じたいがためなのです・・・・呑むのは、大いに苦しみたいからなんですよ!」 


○これを典型的な呑んだくれの言い訳というなかれ。ごく希れに借金は人を哲学者にする。それくらいマルメラードフは苦しんでいる。その葛藤は、十分に現代人の心をも打つ。

○その点、今のチプラス政権にはまったく同情の余地はない。チプラス首相にあるのはハッタリだけだ。「ドイツは戦時賠償を払ってない」などと難癖をつけ、ロシアに向かって秋波を送り(もちろんプーチンはカネもないのにいい顔をしてこれに応える)、EUに対しては「主権の侵害だ」などと偉そうなことを言う。これに比べれば、1990年代のアジア金融危機の際のインドネシアや韓国はなんて立派だったんだろう、と思えてくる。

○ギリシャという国は、意外な海軍国(http://www.hellenicnavy.gr)であったりもする。それは宿敵国トルコに対する備えだったりするわけであるが、こんな大艦隊を維持しながら財政難もへったくれもないだろう。かつてはソクラテスやプラトンを生んだ国とはいえ、今のギリシャはいくら借金があっても、哲学者の片鱗も窺えないのである。


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