土曜日、娘と池袋で食事をした。
学生最後の春休みを満喫しようと、東京に来ているのだ。
池袋にしたのは、その日の午後、西武池袋線沿線にある姉(娘から見れば伯母)の家に遊びに行っていたからである。
姉の家に行ったのは、義兄(つまり伯父)に就職のための保証人になって貰うためである。
娘が伯父に会うのは最後にあったのが何時だったのかは覚えていないほど昔の話である。
久しぶりの再会でも、娘はそつなく会話している。
言葉遣いも、居住まいも弁えている。
厳しい就活を駆け抜けた証だろうか。
夕方、池袋まで戻り、買い物がてら街を歩く。
通りかかった小さな公園から良い匂いが漂ってくる。
焼き鳥のタレの匂い。
その時、夕食のメニューは決まった。
池袋で飲むことはない。
しかも西口。
あちこち店を探し、娘が決めた。
焼き鳥とハイボール。
その日は映画の話で盛り上がった。
一番好きな映画は何か?と訊かれ、色々あるが「ウエストサイドストーリー」と答えた。
中学生の頃、友達と観た衝撃を今でも鮮明に覚えているからだ。
ボクが映画少年になったきっかけでもあった。
娘のナンバーワンは「バックトゥザフューチャー」。
「ラストの一言が良い」と父は記憶を辿りながら解説する。
タイムスリップものには「パラドックス」がつきもの。
その矛盾を観客に納得させるのが監督の腕である。
それをロバート・ゼメキスは一言で解決した。
「小さいことにはこだわらないことだ(多分、そんなニュアンスの言葉だった)」と。
「ET」の話もした。
「サウンドオブミュージック」も「タイタニック」も「ショコラ」も・・・。
「『ブーベの恋人』って知ってる?」
「名前だけなら」
「クラウディア・カルディナーレ・・・お父さん昔好きだったんだよ」
そんな他愛ない会話が止めどなく続く。
「そうだ、B級映画の傑作がある。『悪魔の毒々モンスター』こいつは良い!」
「何それ!?」
「まあ、騙されたと思って一度観てご覧。はまるから」
「へえーじゃあ借りてみよっと」
思えば娘と映画の話などしたことはなかったかも知れない。
する機会などいくらでもあったはずなのに。
そう言えば、ボクも父親とそんな話をした記憶はない。
そもそも父とボクは、どんな話をしたのだろう・・・思い出せない。
いつでも話せる相手が、いつまでも話せる相手とは限らない。
4月から娘は大阪で暮らす。
土曜日も仕事で忙しいらしい。
会える機会は減るだろう。
もっと、もっと、ボクは父とも娘とも話をしておくべきだったのかも知れない。
池袋から娘は副都心線で友人宅に帰る。
改札まで見送った。
いつものように後ろ姿を見送る。
いつも振り返らなかった娘が、一度だけ振り返った。
ボクは黙って、手をあげた・・・。
ログインしてコメントを確認・投稿する