サイモン・クリトル『ラスト・ゴッドファーザー・虚妄のオメルタ』
映画『フェイク』でピストーネが潜入した先がボナンノファミリーだった。
その最中にアルフォンス・インデリカート、フィリップ・ジャコーネ、ドミニク・トリンチェラの三人殺害が起こり、ピストーネの正体がばれると潜入を許したドミニク・ナポリターノが殺害される。
これらの内紛の最終的な勝利者がジョゼフ・マッシーノだった。
この本は、マッシーノの半生を2004年の裁判の証言記録を中心につづったルポで、冒頭にはマッシーノと直接面識があるピストーネが序文を寄せている。
(裁判中にピストーネにあったマッシーノは「おい、ドニー。映画では俺の役は誰がやるんだ?」と軽口を叩いていたそうだ)
掲載されている裁判証言記録には、インデリカート、ジャコーネ、トリンチェラがどうやって呼び出されてどこでどうやって殺害されたのか、ナポリターノの同様の顛末もあり、彼らがどうやって殺害されたのかが非常によくわかる。
この顛末を読むと、ソニー・ブラック――ナポリターノはマッシーノに呼び出された時に自分は死ぬんだと完全に諦めていた感が強い。ロバート・リノに撃たれたナポリターノはとどめを刺される前に「もう一発撃てよ、それでおしまいだ」と言っている。
それ以外に三キャプテンおよびナポリターノ亡き後、自分のライバルとなるチェーザレ・ボンヴェントレの殺害の顛末記録もある。
こうして料理人から出発し、トラック強盗を経てケータリング業界を支配し、フィリップ・ラステリの側近だったマッシーノが流血の射殺を経てボナンノファミリーのボスになる。
しかも1990年代に入るとガンビーノファミリーのジョン・ゴッティ、ルッケーゼファミリーのヴィック・アムーゾ、コロンボファミリーのカーマイン・ペルシコ、ジェノヴェーゼファミリーのヴィンセント・ジガンテ等が次々と逮捕・裁判にかけられるようになり、自由を謳歌するボスはマッシーノだけになった。
しかし最後の大ボスであるマッシーノの運命は2003年の逮捕で一転する。
1981年のドミニク・ナポリターノ殺害容疑、何よりも1999年のジョージ・フロム・カナダ(本名ガーランド・シャシャ)殺害容疑による裁判である。
1994年に組織犯罪関連の連邦法が改正されて最高刑が死刑になっていた。
マフィアの内紛がひと段落下1992年以来、ニューヨークで殺害されたマフィアのキャプテンはシャシャだけだった。
その為にそのガーランド・シャシャ殺害容疑で有罪になると、マッシーノは1944年のルイス・バカルター以来の処刑されたマフィアになる。
そしてこの二つの容疑でマッシーノは死刑判決を受けた。
その直後、マッシーノは何をしたかというと死刑判決回避と引き換えに組織犯罪の内情を暴露するという内通行為に出たのである。
マフィアの裏切り者(ラット)であるジョゼフ・ヴァラキは下っ端のソルジャー、ガンビーノファミリーのサルヴァトーレ・グラヴァーノはアンダーボスだった。しかしマッシーノはボナンノファミリーを率いる大ボス。
その大ボスが死刑回避するために自分が殺害命令を出したドミニク・トリンチェラとフィリップ・ジャコーネの死体のありかを教えた上にアンドレス検事補をマフィアが殺害しようとしているという計画までバラした。
アンドレス検事補を殺害しようとしたのはボス代理だったヴィニー・ゴージャス(ヴィンセント・ヴァシアーノ)で、マッシーノはそれを密告した。つまりボスがボス代理を裏切ったことになる。
といってもマッシーノだけを裏切り者という事はできない。
マッシーノが裏切る前にアンダーボスのサルヴァトーレ・ヴィターレ、側近中の側近で盟友のジェームズ・タルタグリオーネ、キャプテンのリチャード・カンタレラなどが立て続けに裏切っており、裁判中にマッシーノはもはや自分の幹部をだれ一人として信頼できなかった。
政府に組織を売り渡す事が、有罪で死刑が免れないマッシーノの唯一の生き残る道だった。
こうしてニューヨーク五大マフィアの一角であるボナンノファミリーは崩壊した。
マッシーノのボス代行だったヴィンセント・ヴァシアーノは後に正式にボスに就任するも2005年に裁判にかけられて収監された(2009年に終身刑確定)。しかしボナンノファミリーの大ボスは現在でもヴァシアーノである。
2006年にサルヴァトーレ・モンターニャがボス代行に就任するも長くは続かず2009年にカナダに追放された(2011年にモントリオールで殺害)。
2009年から就任したヴィンセント・バダラメンティが現在の代行であるが、彼もまた2012年1月に逮捕されている。
ハワード・ブラム『暗闘・ジョン・ゴッティvs合衆国連邦捜査局』
以前、サルヴァトーレ・グラヴァーノの自伝を読んだが(ピーター・マース『アンダーボス』)、これもほとんど同じ時代を扱っている。
グラヴァーノの自伝はマフィア視点だが、ブラムのこの本はFBI捜査官視点である。
ガンビーノファミリーの大ボスであるテフロン・ドン――ジョン・ゴッティをどのように有罪に持ち込んで終身刑にしたか、それをFBI捜査官ブルース・モウとガンビーノ班(C16班)の悪戦苦闘を描いているドキュメントである。
ジョン・ゴッティが裁判で連戦連勝、難攻不落だった理由に本拠地「レイヴナイト社交クラブ」の盗聴の難しさ(そもそもマフィアは盗聴を恐れてあいまいな事しか言わない)に加えて、警察・検察内部にスパイを抱えていたというのがある。
それゆえに政府がどうやって、何の案件で訴追しようとしているかがゴッティには前もって分かっており、それに伴いアンダーボスのグラヴァーノが陪審員を買収したりなどしたから、裁判では余裕をもって勝てたのである。
モウはその難攻不落の要塞「レイヴナイト社交クラブ」に盗聴器を仕掛け、そして盗聴から得た僅かが手掛かりを追及して政府内部の裏切り者を探し出した。
マフィアの本拠地にFBIはどうやって盗聴器を設置したかが、実際に仕掛けたジョン・クラヴェックの話と共に載っている(実際、FBIは似たような手順で他のところにも盗聴器を設置していることは想像できる)。
この二つは『007』さながらの光景であり、この部分だけでも非常に面白い(でもこっちは実話)。
ところで最後にゴッティを裏切ることになるグラヴァーノだが、当然ながらゴッティのポール・カステラーノ暗殺のあたりから頻繁に登場し、ボスになった後はかなり頻繁にFBIに登場する。
自伝は上手くごまかしているが、この本では「簡単に人を殺せる冷血漢」「グラヴァーノの頭にあるのは金だけだった」「欲深さには際限なく偏執的でもあった」とかなり辛辣である。
例えばガンビーノファミリーのキャプテンであるロベルト・ディベルナルド殺害一件である。
ディベルナルドが殺害された最大の理由が「ゴッティの悪口を言っていたから」というもので、殺害したのがグラヴァーノの乾分であるジョー・パルータであることは、両方の本に共通している。
グラヴァーノ自伝では、アンジェロ・ルッジェーロから”ゴッティがディベルナルドを殺せと命じた”と聞いており、ゴッティ主導の殺害だったとある。
フランク・デチッコを失った直後で地位にあまり興味なかったグラヴァーノは「あいつには影響力はないから大丈夫だ」と宥めたがボスの命令と押し切られ、ルッジェーロが25万ドルもディベルナルドに借金があったことで不審を抱きながら殺害したとする。
しかしブラム本では概ねの顛末は同じだが、渋った後にルッジェーロに対して「やらなきゃいけないならすぐ殺すぞ」とグラヴァーノがやや主体的な返事をしている。
この辺の微妙なニュアンスに違いがある。
その後の盗聴で、グラヴァーノがいないところで、ゴッティがグラヴァーノの強欲をなじった時にディベルナルドの一件が出たことがあった。
その中でゴッティは「グラヴァーノからディベルナルドが悪口を言っていたと聞いたから、それを信じて殺害を命じた」と明言した。
(当時のアンダーボスのフランク・ロカーシオもディベルナルドがゴッティの悪口を言っていたところを聞いたことはなかった)
結局、ディベルナルドの儲けの多い建設会社はグラヴァーノが引き継いだ。
ディベルナルド殺害で一番得をしたのはグラヴァーノだった。
それゆえにゴッティはグラヴァーノに騙されたと感じて「おれはサミーの言葉を信じたんだ」という、グラヴァーノへの罵倒になったのだろう。
総合して考えると、ゴッティはルッジェーロの借金を知らなかったのかもしれない。
そこでルッジェーロがディベルナルドを殺害して帳消しにしようと暗躍。
グラヴァーノも最初は渋ったが、ディベルナルドの儲けの多い事業を継承すれば自分にもメリットがある事で冷血漢ぶりを発揮して「やれというならやるぞ」という返事をした。
結局、ゴッティを騙したのはグラヴァーノというよりルッジェーロだったかもしれない。
(同じように「グラヴァーノに騙された」とゴッティが挙げていたルイ・ミリート殺害一件は、グラヴァーノも自伝にはルイの二枚舌の失態を挙げており「非常に危険な賭けに手を出して負けた」と殺されて仕方がなかったと考えているが、それも殺害はゴッティの命令でグラヴァーノの独断ではなかった)
いずれにしてもこの盗聴テープが逮捕後の裁判で暴露されるとゴッティとグラヴァーノの間に決定的に溝ができることになる。
グラヴァーノは裏切った理由について自伝でこう言っている。
「あそこにいた(裁判中に留置されていたメトロポリタン矯正センター)十一か月の間に、ジョンがたった一度俺に謝ってくれればよかったんだ。「サミー、すまなかった。お前が起訴されたのは俺のおしゃべりのせいだ。俺とは別に思う存分一人で裁判を戦え。俺たちのうち一人でも二人でも三人でも、なんとかこのクソ溜めから抜け出そう」。もし謝ってくれていたなら、おれは百万年の実刑を食らおうと政府に協力しなかっただろう。今振り返ってみるとジョンはおれを陥れるつもりだったのが分かる。俺を犠牲にするつもりだった」
これはおそらく本心だったと思う。
でも「政府に協力しない」ことと「ゴッティに忠誠を尽くす」ことは同義ではない。
というのもこれだけ裏で罵倒されたグラヴァーノが仮に無罪放免になったとしても、ゴッティを許しておくわけがないからだ。その時は、間違いなくゴッティを殺している。
もちろん逆にゴッティが無罪になったとしても、元々グラヴァーノ派を分派を恐れていたゴッティが放置しておくことはない。間違いなくアンダーボスから降ろした上で始末する。
(結局、グラヴァーノは政府に協力する事でゴッティを終身刑に追い込み、復讐したわけだが)
グラヴァーノが生き残る道は、政府に協力してゴッティを有罪にして終身刑にするか、もしくはマフィアとして自分で自分の決着をつけるかのどちらかだった。
以上、『アンダーボス』と『暗闘』は、アンダーボスとFBIの両面の視点でポール・カステラーノ暗殺〜ゴッティ政権のガンビーノファミリー約10年間を観察できるので、非常に面白い。
(2018年6月にゴッティを描いた映画『ギャング・イン・ニューヨーク』が公開され、ゴッティをジョン・トラボルタ、グラヴァーノをウィリアム・デメオが演じている。もうすぐDVDが出るので買おうか考え中。ブルーレイのほうがいいんだが…)
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