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2018年10月14日16:42

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八月のフルート奏者編集〜笹井宏之(夭逝)

繊細で、歌は光り煌き、瑞々しく・・・・

穢れ無さに・・・・読み進めていくうち、美しいばかりの短歌は、次第に

心深く眠る悲しみを引き連れて涙の湖を作り出していくように思いました。

美しくも若かった命を燃やした短歌の数々・・・



印象深い歌を上げていきますね。


八月のフルート奏者きらきらと独り真昼の野を歩みをり

月という月のすべてがふぁさふぁさと欠けて真夏の夜気をむさぼる

チェリストの弓は虚空を描きたり 最終音符を炎打して

金色の炎の如き雲海の永遠なる凪に抱かれおり


小夜風に振られたるタクトそれぞれの街を過ぎ去る交響楽団

咲きそろふマーガレットの微細なる揺れに銀河のしらべを聞きぬ


恋心がベースにある歌


蜜柑の香かをらせながら君の手が吾のくびすぢへ夏を添へたり

君が差すオレンジ色の傘を伝うたった一粒の雨になりたし

気兼ねなく好きだと言えるその人の手は僕よりも少し冷たく

百万年経って発見されるのは手を繋ぎ合う二人の化石

われの手を引きたる「ものの名を呼べば雲が微かに染まるのだった

告白のはじめの言葉はらはらと落ちるゆきやなぎの散歩道

ねむりゐるきみがひとみをあふれきた夏のなみだはみづいろである

「いだきあふ、ひとつになれぬゆゑ」という歌謡曲をおもひつつ服を着る

熱圏に内はなたれし鏑矢は 初恋前夜風なりしもの

霧のごとき汝を掻き抱くためわれの胸に八月のすべてがある

くちづけののち破壊的月光の差し来る部屋できみを抱けり

わがうちに散る桜あり 君の名を呼ぶとき君はきらきらと風

ねむりゐるきみがひとみをあふれてきた夏のなみだはみづいろである

わがうちの銀杏並木を染め抜きしきみといふ名の風の一陣



家族を歌った歌では


葉桜を愛でゆく母がほんのりと少女を生きるひとときがある

床にあれど母は母なりせき込みつつ子の幸せを語りて眠る

ふゆばってん「浜辺の唄」ば吹くけんね ばあちゃんいつもうたひよつたろ

ひろゆき、と平仮名めきて呼ぶときの祖母の瞳のいつくしき黒


木の間より漏れ来る光 祖父はさう このやうに笑うひとであつた

味付きの海苔が好きとか嫌いとかそんな話の出来る食卓



他にこれの歌をよむうちに悲しみを呼び覚ます作用をもっているのかなと・・・


普通に感じる”悲しみ”というのとは少し意味合いが違い、美しく澄んだ涙のような雨が心に降るといった感じでしょうか・・・。



春立ちて凍てたる疾風過ぎ去れり何処に還らん薄氷の月

永劫の暗夜に浮かぶ星青く我は風無き月の住人

君でなければならなかったのだろうか国道に横たわる子猫の骨

霧のごとき何時を掻き抱くためわれの胸に八月のすべてがある


花束をかかえるように猫を抱くいくさではないものの喩えに

雨といふごくやはらかき弾丸がわが心象を貫きにけり


みづうみに沈んでゐたる秋空を十の指もて壊してしまふ


なんといふしづかな呼吸なのだらう蛍の群れにおほはれる川


わがうではもうすぐみづにかわるゆゑそれまでぢつと抱かれてゐるよ


どうしてもかなしくなつてしまひます あなたをつつむあめのかをりに

たましひが器をえらぶつかの間を胡蝶ひとひら風に吹かるる

落花生食む度に落つる甘皮に 人の残せるは何とぞ問う

泣いてゐるものは青かり この星もきつとおほきな涙であらう

凍らねばならぬ運命(さだめ)を分ちあふ如月 われとわれのみづうみ


溢れては止み溢れては止みやがて寂しき井戸として星を見る




「えーえんとくちから」から


集めてはしかたないねとつぶやいて燃やす林間学校だより

そのゆびが火であることに気づかずに世界をひとつ失くしましたね


次々と涙のつぶを押し出してしまうまぶたのちから かなしい

胃のなかでくだもの死んでしまったら 人ってときに墓なんですね

(これはショックでした)



あまがえる進化史上でお前らと別れた朝の雨が降ってる




たくさんの光り輝く美しさや指摘にドキッと心打たれる歌がいっぱいですが、どうも悲しみも引き寄せてくる歌集で何度も気安く読めるわけでありませんが、知性と感受性の強い秀作でした。


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