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日記一覧

 勉強を嫌いだと思ったことはなかった。運動も好きだった。しかし、学校の成績は悪いし、体育の授業は苦手だった。思えば、絵も歌も好きなのに美術も音楽も成績は最低だった。そして、学校にいれば、好きな勉強も絵も歌も嫌いにさせられるばかりだった。好き

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混迷の公園にて、その9
2019年07月30日17:23

 筆者の人生はたいてい困っていた。お金に困っていることがほとんどで、その他、仕事、人間関係、スケジュール、引っ越し、風俗店とのトラブルなど、とにかく、困っていることのない日がないほど、常に何かに困っていた。 ただ、エロ本の仕事は、常に悪いこ

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混迷の公園にて、その8
2019年07月28日01:04

 あれは、まだ、混迷の公園と筆者が名付けた公園に壊れたシーソーがそのまま放置されていた頃の話だ。「おじさん、お金持ってる」 まだ、腕時計を使っていた頃だったので、チラリと筆者は時計を見た。深夜二時半を少し過ぎていた。こんな時間に新手の高校生

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混迷の公園にて、その7
2019年07月27日15:14

 筆者が混迷の公園と名付けたその場所には、昼間から人など見かけなかった。ましてや、子供時代ならともかく大人になってからは深夜にしか、筆者はその公園を訪れていない。人になど会うはずもないのに、しかし、筆者はそこでずいぶんと人に会った。言い方を

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書き方講座、課題小説
2019年07月26日00:41

オセロ 祭囃子、いや、この音は盆踊りのそれだ。盆踊り。あわてて時計を見ようと首を傾けるがそこに時計はなかった。時計だけではない。あるべきはずの壁掛け用のカレンダーもない。布団ははだけてどこかに行ってしまっていたが、枕の妙なピンク色は私の趣味

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混迷の公園にて、その6
2019年07月25日00:42

 サロンが行き詰まって、混迷の公園を訪れた。公園に行くときには、いつも、今度こそ公園がなくなっている、あるいは、公園に行くことが出来ない、と、そうした不安を抱えている。しかし、公園は周囲の状況を大きく変化させながらも、相変わらずそこにある。

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混迷の公園にて、その5
2019年07月24日00:54

 蔦屋敷の見える公園。友達のいない小学生の筆者は、常に、その公園で、一人だった。一人でぼんやりと蔦屋敷ばかり眺めていたのだ。子供が家にいることが嫌われていた時代だった。そして、子供が家にいても何もやることのないような時代だったのだ。だからと

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混迷の公園にて、その4
2019年07月23日00:31

 何のトラブルを抱えて、その公園に行ったのかは、もう忘れてしまった。ただ、その時には、すでに蔦屋敷はなくなっていた。空き地になっていたのだ。空き地は整地されていた。しかし、駐車場にするでもなく、また、何かを建築する予定地というふうでもなかっ

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混迷の公園にて、その3
2019年07月22日00:37

 蟻を見つめる女がいた。混迷の公園と筆者が勝手に名付けた公園で深夜二時過ぎに蟻を見つめている女がいたのだ。筆者が、まだ、若かった頃の話である。たいしたことをする勇気こそないが、人など見たことのない深夜の公園なのだから、露出痴漢ぐらいは出来そ

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混迷の公園にて、その2
2019年07月21日00:24

 勤勉でないマニアもいないし、無気力なマニアもいない、好奇心のないマニアもいないし、マンネリであることに満足するマニアもいない。マニアとは行き過ぎた好奇心を制御出来なくなった人のことだからなのだ。 好奇心は妄想に発展する。ゆえに、たいていの

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混迷の公園にて、その1
2019年07月19日00:50

 何度も書いている公園が、まだ、川崎の元工業地帯に存在している。今は、公園はそのままなのだが、周囲には昔の面影はない。公園の横を走る線路は昔のままなのだが、昔は深夜であっても列車が頻繁と走っていたものだが、今は、昼間でも、ほとんど通る列車を

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 エロ本についての懐かしい記述をしていると、つくづく、いろいろなマニアがいろいろなことをしていたのだなあ、と、そう思わされる。それがいつの頃からか、人は変わるが内容は同じというマンネリになってしまったのである。そういえば、サロンはどこに向か

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「問題小説」は問題だった。何しろ、芸能人の性遊について実名で小説にしてしまったのである。スタジオの陰でセックスしていた。誰と誰が乱交していたなどと、それは、良く出来たポルノ小説だった。良く出来たポルノ小説だが、何しろ、登場人物が実在の芸能人

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 忘れられない雑誌に「夜園」というのがあった。ヤエンかヨルエンか、あるいは、もっと別の読み方があったのかは分からない。何しろ、その後の雑誌ように、アルファベットを飾りとして、あしらうなどという時代ではなかったのだから。 この「夜園」とう雑誌

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 もはやタイトルも正確に覚えていないのだが「性異常心理事例集」という、けっこうなボリュームの本があった。タイトルは、そんな雰囲気というだけで、もう少し文字数は少なかったように記憶している。箱に入った豪華な本なので、性異常について心理学的、あ

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 その昔、マニア雑誌というのは、マニアの雑誌であると同時に、メジャー雑誌のパロディだったりもした。その時代のことを筆者はあまり知らないので、その理由については推測の域を出ないのだが、こうしたことだったのではないだろうか。マニア雑誌の編集者た

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 雑誌タイトルが『闇』という変態雑誌があった。なんと筆者が中学生の頃に古書店で購入した雑誌で、その時点で三号まで出ていたのだ。その頃、古書店で一冊いくらぐらいしたものか、その記憶はない。教科書サイズの薄い雑誌で、カラーどころかグラビアそのも

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 SМシークレットという雑誌があった。残念ながら筆者は関わっていない。いい雑誌だったのだ。その頃には筆者もSМ業界にいたので、その雑誌とはライバル関係にあったと言ってもいい。もっとも、あちらは当時の筆者など意識もしていなかったことだろう。 

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 野外プレイの専門雑誌というものがあった。雑誌には、創刊号とあったが、これをどんなペースで出すつもりだったのか。いや、あの頃は、まだ、筆者もエロ業界にいなかったので、もしかしたら、二号、三号と出たのかもしれないが、継続させられるとは信じ難い

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 自動販売機のエロ本で、もっとも好きだったものがある。それは「アクシデント」というタイトルの雑誌だった。一号とあったので、もしかしたら二号もあったのかもしれないが、筆者は二号を見ることなく終わった。エロ本はエロ本なのだが、何しろ、裸の率が少

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 自動販売機でエロ本を買う。今もあるのだろうが、しかし、今は昔の話でもある。今、もし、そのような販売機があったとしても、その中にあるものは書店でも買えるものだろう。しかし、昔は、自動販売機でしか買えないエロ本というものがあったのだ。週刊誌サ

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 面白いタイトルだった。その名も「マドンナの夕暮れ」というのだ。まるで小説のタイトルのようだが女王様雑誌だった。教科書サイズで百ページぐらいの超マイナー雑誌だった。すでに筆者は、SМ業界では、そこそこに名前が知られている頃だった。ある女王様

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深い記憶の底のエロ本
2019年07月07日00:26

 おかしなタイトルの雑誌だった。あれはまだ筆者が中学生の頃だ。教科書サイズの薄いエロ雑誌でタイトルは「ピス・キス・レズ」だった。花の絵のおかしな表紙だった。レズとあるからレズなのかと思えばそうでもない。少なくとも性愛はなかった。しかし、全ペ

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六月書き方講座課題
2019年07月06日01:10

 突然の雨、それもかなり激しい。傘など持っていない。おそらく濡らせば壊れると思われるノートパソコンの入った布のバックならある。しかし、それを傘代わりに頭に乗せて駅まで走る勇気はない。幸い、都会には雨宿りできる庇ならいくらでもある。店舗の前は

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 昭和が終わろうとしていた頃。ポルノ産業は、少しばかり景気がよかった。しかし、それはポルノ商品が売れていたというよりも、別のもの、たとえば、ポルノで儲けたお金で株などを買うという儲け方だったように思う。ゆえに、お金持ちの出版社にお金が集まり

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 昭和が終わろうとしていた頃。筆者は貧乏のどん底にあって、孤独の淵で、惨めさに耐えるようにしてエロ本を作っていた。エロ本を作るためにアルバイトをするという本末転倒な生活。それでも、エロ本が作りたかったのだ。エロ体験がしたいだけなら、アルバイ

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不眠症ホテル
2019年07月03日03:11

 誰に話をしたって信じてもらえないと思いました。だから、誰にも話をしたことはないんですよ。どうせ信じてもらえないし、自分の恥を晒すようで親しい人には話が出来ませんしね。 だから、話は滅茶苦茶だと思います。きちんと話をすることにも慣れていませ

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 昭和が終わろうとしていた。日本は少し浮かれていた。昭和は終わろうとしていたが経済は少し裕福だったからだ。それでも、エロ本業界は厳しかった。エロが規制緩和され、ヘアーが解禁され、有名女優たちが脱いで、メジャーがマイナーのマーケットを荒らして

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 昭和が終わろとしていた頃、筆者は社員が二人しかいない出版社の臨時雇い編集者としてマイナーエロ本を作っていた。「エロ本なんて作っているんだから、せめて日常的には常識人でなければだめだ」 そこの社長は当時六十歳ぐらいで、本人は否定していたが、

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 昭和の終わり頃、筆者はマイナー出版社の女社長の運転手兼編集者をしながら、やっぱりエロ本を作っていた。女社長の年齢は五十五歳ということだったが自称である。ただ、五十五歳には見えないぐらい魅力的な美人だった。少し太っていたが、それも、また、当

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