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2020年09月14日17:10

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ものぬけの殻、その6の2

 気が付くと、筆者は豊満な肉体の上にいた。倉庫代わりの部屋は、まだ、若い筆者には似合いだったが、元経理のおばちゃんには似合っていなかった。それでも、筆者たちは身体を重ねていたのだ。不思議な気持ちだった。温泉旅行は、二人が共に温泉好きだと分かっての計画だった。おそらく、そのおばちゃんにも、また、筆者にも、それが肉体関係を伴うための旅行になるという期待はなかったのだと思う。いや、おばちゃんのほうは、計画だけで、本気で行くつもりさえ、なかったのかもしれない。
 そんなおばちゃんの肉の上で、弛みはじめた大きな乳房や、柔らかすぎる太ももの間に顔を埋めたりした。今まで知らない柔らかすぎる肉体を弄び、そして、不器用そうに自分のそれをおばちゃんの女の部分そこだけは十代と思えるような綺麗な亀裂の奥へと沈めていったのだった。
「金、貸そうか」
 シャワーを浴びて、すでに完全に服を着て出て来て、まだ、全裸のまま布団もなくマットレスに直接寝ている筆者に、おばちゃんが尋ねてきた。
「借りたところで、返せるあてもないし、仲間には悪いけど、こうしたことは、よくあることだから」
 電話が鳴った。まだ、携帯電話がない頃なので、事務所を失ってしまえば、自宅でしか筆者と連絡はとれなくなった。借金を踏み倒して逃げるのがかんたんな時代だったのだ。
 電話に出ると、原稿を依頼していた漫画家だった。すでに出版社の倒産のニュースがその人には入っていたらしい。原稿料の弁済を求められるのかと思ったが、そうではなかった。むしろ、次の仕事先を紹介するという誘いだった。別に筆者が悪いわけではないのに、筆者は全裸のままマットレスに額を擦りつけて謝った。そして、感謝した。そこまでしたのは、そんな事態のときに、自分はそこでセックスしていたことが後ろめたくなったからだった。
 その後、数時間の間に、その雑誌に筆者直接に関係していた人たちの全てから電話があった。その度に、筆者は、電話なのに土下座していた。
 編集者には臨時雇いの仕事がある。素人の原稿をリライトしたり文字校正の手伝いをしたり、入稿ギリギリで穴の開いたページを埋めたり、表紙周りに決定的なミスが見つかり、そこに一冊一冊シールを貼って訂正したりする。そうした仕事は日雇いでギャランティもその場でもらえたりした。それを紹介してくれた仲間もいた。
「上手く出来てるんだね。私らにゃあ、とても無理だね。そんな生き方」
 せめて、何か作って食べさせようと思ったおばちゃんはキッチンに何の道具もないのに唖然としていた。それでも、一人で買い物に出て、かろうじてあった鍋にカレーを作ってくれた。カレーならしばらく食べられるし、冷凍庫に保存も出来るからだ。炊飯器はないので、ご飯はレトルトのご飯だった。それでも、そのカレーは美味かった。
 聞けば、おばちゃんは社長とは親族ではないが、経理なだけに倒産夜逃げの計画には気づいていたが、それはもう数か月、後のことになると思っていたらしい。おばちゃんは、話がはっきりしたら、筆者をお茶にでも誘い、そこで、そのことを教えるつもりだったらしいのだ。そこまで慎重にならなければ教えられないのが夜逃げの情報だったからだ。
 離婚して、娘が一人、しかし、元旦那からは十分な養育費も入り、それに慰謝料もあって、生活には困っていないという話も、そこではじめて聞かされた。金を借りておけばよかった、と、その時思ったが、すでに、生活の目途がついているのを、、おばちゃんには聞かれてしまった後となっては、もう遅いのだった。
 さて、このおばちゃんだが、温泉の計画はなくなり、連絡もとれなくなったのだが、この五年後、とんでもないことをする。編集プロダクションの社長となったのである。そのことについては、また、いつかチャンスがあるときに書くことにしよう。
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