mixiユーザー(id:2938771)

2020年09月12日17:01

92 view

もぬけの殻、その5の2

 企画を修正し、本に出来るというあてもないままに取材を重ねていたインタビューのカセットテープの整理をはじめた。まずは、すでに揃っている性犯罪者たちの整理をして、足りないものについて、さらに取材を進めるつもりだった。幸い、倉庫代わりにしていた部屋よりも、少しは住居らしいマンションに引っ越したばかりだったので、カセットの整理はその家で行っていた。前の仕事で少しばかり生活に余裕があったのだ。
 揃っているのは男性の犯罪者のインタビューばかり、露出痴女のインタビューが二人分、女子高生時代に同性を性的リンチした女性のインタビューが少し、さらに、近親相姦の母のものが三人分あった。それだけでは弱い。覗き趣味の女性に取材したい。淫乱な女性痴漢にも取材がしたい。
 取材準備は順調だった。企画の整理も出来て、本の概要も感性していた。元露出痴女の風俗嬢が、途中から部屋にころがりこんでいた。ホテトル嬢ということで、住むところはないが、金は持っていたので、あまり気にもせずに、カギを預けていた。途中から筆者は、出版社に寝泊まりすることが多くなったので、携帯電話もない頃なので、留守番にちょうどよかったのだ。
 事件は、テープを原稿にし、足りないと思われた取材も行うことが出来て、いよいよ、それを写植屋に入れはじめたところで起きた。
 しばらく、自宅でテープを原稿にしていた、そのほんの一週間の間に、会社がなくなっていたのだ。写植屋から事務所に原稿を届けてあると電話があり、筆者はあわてて出版社に向かった。しばらく家で行った手書き原稿も持っていた。それを写植屋に渡し、それが活字になる間に、写植屋の上げてくれた原稿の校正をしようと考えていた。本はいよいよ完成間近だったのだ。
 ところが、事務所のカギが開かなかったのだ。しばらく会社にいなかったので、カギを替えられてしまったのかと思い、会社に電話はいれたが、誰も出ない。あわてて写植屋に電話を入れると、社長が夜逃げしたと聞かされた。茫然として。それまでの全ての苦労が一瞬で消えたのだ。
 三か月の間、その本に従事していたので、もう、貯金は尽きていた。カギの開かない、もぬけの殻となっているはずの出版社のそばの喫茶店で、筆者は途方に暮れていた。時計を見ると、まだ、午前十一時頃だった。筆者は自分の家に電話をした。そこには、起きたばかりかもしれない本名も知らない風俗嬢がいるはずだった。筆者のいない間は電話に出てくれと言ってあるので、眠そうな声で彼女が電話に出た。筆者は、成り行きを説明し、もう、家賃も払えないので、そこも引き払うことになるから、出て行く準備をしてくれと彼女に伝えた。
 彼女は、筆者が何を言っているか分からないようだった。
「家賃って、五万円でしょ。それ、私の一日分の稼ぎ程度なんだけど」
 そうなのだ。彼女は売れっ子のホテトル嬢だったのだ。途方に暮れたまま、筆者はその瞬間から生活が保障されたのだった。喜んでいいのか、悲しんでいいのか、筆者には訳が分からなくなっていた。そんなこともあるものなのだ。

1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2020年09月>
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930