mixiユーザー(id:2938771)

2020年01月29日00:43

130 view

孤独お気楽優しく地獄、その11

 新宿のそこそこのシティホテルの部屋で筆者は夜景を眺めていた。夜景を眺めながらコーヒーを飲んでいた。大きな窓、窓を横にした大きな机。そこにモバイルを置き、黒い画面をそのままに、呆然自失になって窓の外を見ていた。終電を過ぎて動きの止まった線路を見下ろしていた。隣には新宿の繁華街も見える。活気を失った線路と、活気に満ちた繁華街がマーブル模様に交わり合っている。そんな印象があった。部屋に目をやれば、大き目のダブルベッドの上のシーツには皺ひとつないままだった。踏まれる前の雪道のように真っ白だった。
 アダルト業界にいる女の子たちに一人一冊で文庫本を作らせるという企画を筆者はやっていた。AV嬢、ソープ嬢、SМクラブ嬢、ストリッパー、SМクラブのママ。企画は、一人一冊で文庫にするというものだった。女の子を都内のシティホテルに筆者と二泊三日させてインタビューを録り、さらに、そこで少しエッチな撮影もして、さらに、彼女たちの家や、場合によっては育った場所や行きつけの飲み屋なども撮影するのだ。インタビューを原稿にする。撮った写真をページにはさみ、文庫一冊を作るのに一週間かける。インタビューから入稿まで一週間で一冊まるごと作るという企画の本の仕事だった。
 最初にインタビューしたのはAV嬢、次が吉原のナンバーワンのソープ嬢、そして、その夜は三人目のМ嬢の予定だった。
 ところがすっぽかされたのだ。まだ、携帯電話のない頃の話だ。ホテルから彼女の家に電話を入れるが何度かけても留守電のままだった。もっとも、それでよかったのだ。何しろ、その日、製作会社になるはずの出版社がつぶれていたのだから。五人分のインタビューと撮影を終わらせたところで原稿製作に入る予定の三人目だったので、二人分のインタビューテープとフィルムは、まだ、手付かずのまま筆者の手の中にあった。作業には入っていなかったのだ。
 そこまでの経費は精算出来ていたから、大きな被害はないが、その夜のギャランティとホテル代は自腹で払うしかないと、覚悟を決め銀行から現金をおろして、指定したホテルでМ嬢を待っていたのだ。ここまで仕事をしたのだ。どうせなら、このままギャランティを払って材料を作っておこうと筆者は考えていたのだ。そのまま別の出版社に企画を持ちこめば出版出来るかもしれなかったからだ。
 しかし、その夜、来るはずだったSМクラブのМ嬢は来なかった。筆者は、もう、その仕事を続行する気力をなくしていた。チェックインしておいてホテルをキャンセルは出来ない。豪華なホテルで、筆者は、二泊三日、一人きりだった。
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2020年01月>
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031