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2020年01月21日17:27

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孤独お気楽優しく地獄、その3

 楽しそうだった。笑い声がそここにあった。舞台では女が縛られていた。それを囲むように、照明の人がライトをあて、カメラマンが中央を遮り、編集者らしい男女が三人でその後ろに立った。さらにそれを囲むように、お客であるところのマニアたちが輪を作って舞台を観ていた。舞台といっても劇場の舞台ではない。飲み屋の一角に作られたショースペースに過ぎない。それでも、舞台は華やかに見えた。
 筆者は、その店の隅に座り、遠くからその様子を撮影していた。同じ取材記者なのだ。しかし、相手はメジャー雑誌、発行部数も知名度も違う。カメラマンには風格があり、編集者たちはお洒落で知性的だった。筆者は、黒いジーンズに白い染みをつけて、背も低く、笑顔もない地味しか取柄のないような男で、持参しているカメラもしょぼい。
 しかし、その店に、まだ、風俗嬢が一人しかいないような時から取材し、誌面を使って営業の援護射撃をしていたのだ。
 華やかなメジャー雑誌の取材クルーと女王様衣装のママがにこやかに会話している。ママのお客であるところのМ男たちが全裸でママの椅子になったり、灰皿になったりしていた。М男の一人の委縮したそれを編集者の若い女の子が近くで見せつけられて照れていた。いい絵だと思った筆者はこっそり女の子の顔を撮った。使うことは出来ない。盗撮である。後で、それを見て、こっそりと自分を慰めるのに使うつもりだった。そして、そんな盗撮をするから、余計に惨めな気持ちになるのだった。分かっていたのに止めなかった。
 最初にその店にいたママ以外の唯一の風俗嬢は、四十歳近い女王様だった。彼女とママの二人で店を細々と支えていたのだ。それが、二十歳ぐらいの可愛いМ女が店に入り、同じ年齢ぐらいの美人の女王様が店に入ったことで、店は変わったのだった。筆者が取材記事を掲載すると、電話が鳴り止まなくなった。店は、その後、一年とかからずに、大きくなった。在籍する風俗嬢は二十人を超えた。SМパーティを開催すればSとМのお客たちが五十人以上も集まるようになった。最初にその店が仕切ったSМパーティに参加したのはママと四十歳近い女王様と若いが可愛くはないМ女の三人で、お客はSばかり五人。ショーにもならない。仕方なく筆者がМ男役になって四十歳近い女王様とSМショーを行ったりしたが、Sの男たちは興味なく、つまらなそうにしていた。飲み屋ではなく、店が持っていた、たった一つのプレイルームで、お客は床に座らされていた。笑いなどなかった。
「この店辞めて、独立するから。池袋。今度、相談に乗ってくれる」
 四十歳近い女王様はそのときには五十前になっていた。相談とは、取材で協力しろということなのだ。彼女も寂しそうだったが、筆者も寂しかった。筆者は名刺を彼女に渡した。風俗嬢に名刺は渡さない、しかし、独立するなら名刺を渡していい、それが筆者なりのルールだったのだ。
「頼むね」
 男のような口調でそう言うと、彼女も、また、華やかなライトの下に入って行った。何かが違うのだ、と、筆者は思いながら、遠くに笑い声を聞いていた。大勢の楽しそうな男女の中で、筆者は一人だった。

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