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2020年01月19日01:07

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孤独お気楽優しく地獄、その1

 いっさいの束縛を受けないために、仕事もフリーで、生活も一人で、通信手段は家に設置された電話のみで生活していた。携帯電話などない時代なので、それで十分だった。フリーでも、仕事はけっこうあったので、裕福ではないが生活には困っていなかった。困っていないと言っても、それは仕事をしていれば、と、そうした意味だ。入ったり入らなかったりする仕事をやり繰りして、何とか生活しているので、二か月遊んでしまえば、生活は困窮することになった。その程度でも、十分と感じていただけなのだ。仕事をしなければ、家賃も払えなければ電気やガスも止められてしまうのだ。実際、何度となく止められていた。
 そんな中で病気になった。最初は異常な寒気からはじまった。あまりに寒いので風呂に入ったのだが、それがよくなかった。頭がふらついたかと思うと激痛に変わった。倒れ込むように布団に入った。一人暮らしの部屋で毛布も布団も少ない。暖房器具は電気ストーブのみ。これがあまり温かくない。毛布と布団だけでは寒いので、ジャンバーを着て、ジーパンをはいた。寝るのには窮屈だが、寒いよりはいいと思ったのだ。それで、少しは温かくなったのか、しばらく眠った。しばらく眠り、起きたら治っているということを期待したが裏切られた。這うように冷蔵庫まで行くが、中にはバナナ缶、確か商品名は朝缶だったように記憶している。それが大量に入っている。さらにアセロラ缶も入っている。両方を飲む。栄養だけは十分に違いない、と、そう信じることにする。
 ところが、今度は吐き気に苦しめられることになる。吐き気で眠れない。胃は針を刺されているように痛い。ようするに頭を殴られて胃を刺されているというわけだ。これは拷問である。
 眠れない、苦しい。そんな状態で数時間が過ぎる。次は腸に来ると思ったが、そこには異常がないようだった。それだけが救いだった。
 一日目はそのまま、涙目で苦痛に耐えた。痛みで眠れないので、考えごとをしていた。
 覚えたてのコンセプトという言葉がマイブームだった。いろいろな企画を考え、コンセプトを練る。エロ雑誌の企画も考えていた。それまでのエロ雑誌が性的興奮のためにしか存在していないと思っていた筆者は、エロ業界に暮らす人たちの悲しみや孤独を扱えるエロ雑誌を作りたいと考えていた。
 孤独なエロといえば、それは、マニアのエロだ。マニアは本当に孤独なのだ。何しろ、同じようなマニアと出会ってさえ、お互いに共感し合うことがないのだから。しかし、それだけに、マニアの特殊な感性に共感する雑誌、マニアの性に寄り添う雑誌が出来たら、それは売れるのではないかと考えた。眠れないと言いながら、寝ては覚めを繰り返していたのだろう。企画はパッチワークのようになっていた。二日目には、せめてコンビニまで行こうかと、考えるが、辛いのだ。それに、立てばフラフラして、コンビニに行くのは危険そうだった。コンビニまでの距離は十分程度。安い木造アパートを出て階段を降りて、コンビニまで行く。その道中をシミュレートする。
 寝て起きては企画を考え、寝て起きてはコンビニまでの道を空想で辿る。温かいものが食べたかった。インターネットもない時代だったので、ネット注文など出来ない。出前をとる贅沢が許されるような生活をしていないので、そうした資料もない。助けを求めようにも友人らしきものもない。仕事仲間には頼りたくなかった。仕事仲間に弱みを見せたくなかったのだ。
 三日目。いよいよ救急車か、と、そう考えていた。バナナ缶は、まだ残っていた。アセロラ缶もあった。救急車で運ばれるぐらいなら、このまま死のうかと考えた。しかし、問題があった。死んだら、この三日の間に考えていた企画は陽の目を見ない。それは惜しいと思った。
 あの頃は、ワープロを三本指で打っていた。ブラインドタッチでないので、逆に寝ていても打つことが出来た。
 コンセプトを必死に書いた。死んだ後で、誰かがこの企画を雑誌にしてくれることを信じて、それだけを頼りの力として書いた。書いているうちに熱中し、結果、企画書として完成したのが四日目の夜だった。
 筆者は寝ていた。三日の間、寝ていたというのに、四日目には、疲れきって寝ていたのだ。電話で起こされた。仕事の電話だった。仕事を受け、打ち合わせの日を決めた。疲労はあるものの寒気も胃痛も頭痛もなかった。
 空腹のままに立ち上がり、近所にある喫茶店でモーニングを食べたのは五日目の朝だった。サンドイッチぐらいなら、と、そう思ったのだが、すでにそれでは物足りないほどに回復していた。それを食べながら企画書を読む。面白いと思えなかった。ただ、ただ、寂しいだけだった。
 これは病気のときに読まなければよさが分からないのかもしれない。そんなことを考えながらサンドイッチを食べ、その後、その企画書を見ることは二度となかった。結局、病院に行くこともしなかったので、何が原因の熱だったのかも分からないままだった。ただ、体調は回復した。しかし、元気になっても筆者は一人だった。
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