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2020年01月09日01:08

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あの時、SМは終わっていた、その11

 マニア世界には文学で成り立っていた時代があった。筆者はその最後を少しだけ知っている。純文学ではない、政治思想はない、芸術とは縁遠い、その上、お金にもならない、モテもしない、それがマニア世界だったのだ。雑誌も、マニアのサークルも儲かりはしなかった。ゆえに、そこには本物のマニアしかいなかったのだ。
 さらに、その頃には、ビデオも、写真雑誌もない。映像も写真もあったが、マニアがそれに手を出すにはお金がかかり過ぎたのだ。採算が取れなかったのだ。かろうじて活字中心の雑誌のみが作れた。活字中心、写真さえほとんど掲載出来ない雑誌。それを作るには最低でも、活字が読める必要があった。
 つまり小説が読めなければ、マニアにはなりようがなかったのだ。インターネットでお気楽にマニアになるという今とは時代が違ったのだ。
 ゆえに、マニア世界の人たちには、どこか文学の匂いがしたものだった。それによってマニア世界に入って来たのだろうし、そもそも、きちんと活字が読めなければ何の楽しみもなかったのだから当たり前だ。
 そして、それがマニア世界を支えていたのだ。つまり、面倒が好きな人たちの世界だったということなのだ。小説を読むのは面倒だ。エロ映像でオナニーするほうがかんたんだ。自分の性癖を誰かに理解してもらおうと文章を書くのは面倒だ、SNSでお気楽ナンパのほうがかんたんだ。そもそも、緊縛は面倒だし、SМのストーリーを考え、それを実行するのも面倒なのだ。その面倒が好きなのがマニアなのだ。面倒が好きだから、かんたんな楽しみをマニアは嫌ったものなのだ。お手軽、と、そこに楽しみを見い出せないのがマニアだったのである。
 ところが、ビニ本が出来、エロビデオが出来、SМクラブが出来、インターネットが出来、SМサロンが出来て、マニア世界は変貌してしまうのである。SМがお手軽になってしまったのだ。そして、お手軽が嫌いなマニアの面倒という楽しみが奪われてしまったのだ。
 筆者は長く、マニア雑誌を作って来た。雑誌関係者と喫茶店で待ち合わせすると、たいていは、編集者もライターもカメラマンもデザイナーもモデルの女の子でさえ文庫を持って喫茶店にいたものだった。その光景があまりにも日常的ゆえに、相手が何を読んでいるのか尋ねることさえないほどだった。
 筆者は取材に出向く時でも本を持っていた。あの頃のカメラは重い。手持ちのストロボに大量の乾電池。それに録音用のカセット。ノートワープロまで持っている。フィルムでさえ重かった。それにもかかわらず本も持っていた。
 ところが、ある日、新人のエロ出版社の編集者が取材の待ち合わせの喫茶店に手ぶらで来たことがあった。筆者はカバン二つを抱えて汗だくで喫茶店に入り、文庫ではなく単行本を開いて彼を待っていたというのに、彼は手ぶらだったのだ。これから取材をするというのに手帳すら持っていない。驚いた筆者が本は読まないのか、と、尋ねると、彼は、本なんて読むの面倒ですから、と、答えたのだ。本を読むのが面倒なのに、どうして出版社に入って来たのか筆者には分からなかった。エロ出版社はエロ屋ではない、エロ本屋なのだ。
 彼は、それに何か持って歩くの嫌なんですよ、面倒ですから、と、そうも言った。
 その数年前に、筆者は取材で失敗をやらかしていた。取材前の待ち合わせの喫茶店で、たまたま新人編集者の持っていた本の作者をバカにして大論争となり、取材に遅刻してしまったのだった。しかし、その編集者とは、長い友人になった。いや、少なくとも筆者は友人になったとそう思っていた。彼はエロよりくだらない小説と筆者が言ったことに腹を立てたらしいが、それが筆者には、たいそう愉快だったのだ。自分の好きな作家を貶されて怒る人が筆者は大好きなのだ。
 好きな作家の一人も持たないような人は嫌いなのだ。筆者は自分がどんなに嫌いでも、その作家を好きだと熱く語られた後では、少なくともその作家の作品を二編は読むと決めている。ゆえに、あまりに好きな人の多い作家の本は嫌いなのに全て読んでいるなどという不思議なことになる。
 ところが、その時に待ち合わせた彼は、本は面倒だから読まない、と、そう言ったのだ。喫茶店で大論争を繰り広げ、大事な取材に遅れるというバカをやったのは、その数年前。筆者はその時に思ったのだ。ああ、マニアはいなくなったのだ、SМはすでに終わっていたのだ、と。
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