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2020年01月07日01:03

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あの時、SМは終わっていた、その9

 エロ本の打ち合わせというものは、それは如何わしいものだった。
バーのカウンターの隅で、二人でこそこそとグラビア撮影の打ち合わせをしていたら、馴染みのバーテンに「お客さん、そちらの、そのヤの付く業種の方だったんですね、見えませんねえ」と、言われた。バーではエロ本屋だとは言わないから、その打ち合わせの会話のチラチラと聞こえた話の内容が犯罪か何かと誤解されたのだろう。誘拐、監禁、拷問、などの単語が聞こえ、良い廃墟がないかとか、あそこは地下室だから音漏れの心配はないなどと聞こえてくれば、まあ、それは怪しい。筆者たちがエロ本の出版社にいると分かってバーテンはなるほどという顔をした。彼の心は分からないが、おそらく、こういうことだ。
 この男たちにはヤクザのような強さがない、いかにもひ弱そうだ、もっと危険な犯罪組織というほどでもない、女の話は多いが格好から女を利用しているヒモのようにも見えない、そもそもモテそうにない、そうか、エロ本屋か、それなら納得だ、と、バーテンはそのように思ったのだと思う。
 実際、あの頃のエロ本屋はモテない男たちが多くいた。モテた経験がないものだから女の子と話をするのさえ苦手だったのだ。そんなエロ本屋を支えていたのは、口八丁手八丁で女の子をエロ本やエロ風俗に引き込むスカウトたちだった。彼らは女だけでなく、どこでも、誰とでも気楽に会話をした。筆者などはバーのカウンターにいてさえ、あまり会話をしない暗いタイプだったというわけなのだ。
 そして、その頃には、エロ本に流れて来る女の子たちも暗かった。特にSМは暗かった。ようするに世の中からはみ出すからエロに流れて来たのだ。流暢な人間関係を築けるのに、わざわざ口先だけのスカウトに引っかかり、その上、普通のヌードでも勇気がいる決断なのに、縛られたり、スカトロまでされたりする仕事を引き受けるはずがないのだ。
 暗いから面白かった。暗いから暗いものを描けたのだ。
 しかし、筆者たちも、そこに安住しているというわけには行かなくなるのだ。エロ本の景気が良くなり、スカウトの口先ではなく、現ナマで女の子を引き込むようになったからだった。ようするに、それぐらいのお金になるなら、それぐらいのことはするだろう、と、そんな仕事になって行ったのである。
 暗い性格で、男たちと会話の出来る数少ない空間としてのエロを求めて迷い込む女の子たちの数が減り、お金で割り切るさっぱりとした性格の女の子たちがエロ業界全体に増えて行くことになった。彼女たちは明るいのだ。エロ本の景気も良くなっていて、その上、女の子たちがお金目的となれば、そこにはモテない筆者たちエロ本屋にも、いろいろな意味でチャンスが出て来ることになる。会話が苦手でも、見掛けのお洒落が苦手でも、人気のデートスポットの知識がなくても、お金があれば何とかなる女の子たちがエロ業界に来てくれたのだ。そうなると、不思議なものだ。会話がはずむようになるのだ。どうせモテない、どうせ嫌われる、どうせ相手にされない、と、そんなコンプレックスが、お金で何とかなると思うことでなくなったというわけなのだ。
 実際、寿司をご馳走するとか、高級焼肉を食べさせるとか、一流のシティホテルに泊まれると、そんなことで女の子は男について来たものだったのだ。お洒落な店も、良い音楽のある店も知らない、しかし、高いだけなら、いくらでもあたりはついた。
 そうしてエロ本屋たちも明るくなって行く。同時に、明るい性格の男たちがエロ業界に入って来るようになった。業界全体が明るくなって行ったのである。
 バーカウンターの隅でコソコソとエロ本の打ち合わせをしていた筆者たちが、笑いながら喫茶店でさり気なくエロの打ち合わせをするようになるのだ。もちろん、それがエロと分からないように誤魔化すことには慣れていた。何しろ、ワイセツの取り締まりのきつい時代を生きて来たのだ。ワイセツ用語を隠語に上手に変換することは得意だったのだ。
 ところが、そこで生まれる企画は面白くならなかった。
「スカモノは止めようよ。そういう雑誌だとモデルのランクが落ちるからつまらないよ」
 バーカウンターの隅で筆者と一緒に犯罪者と間違われた男がルノアールで言った。テーブルにはグッチのセカンドバックが乗せられ、その横にサングラスが置かれていた。それはそれで間違っているのだが、それでモテると勘違い出来る時代だったのだ。
 彼は撮影で呼んだモデルの女の子と後日に二人きりでセックスすることを望んでいた。それならモデルは可愛いほどいいことになる。何が出来るかではなく、デート出来るかが問題となっていたのである。
「お前、スカトロマニアだったろう」
「もう、いいんだよ、そういうのは。それより、この宣材見ろよ。可愛い子ばかりだろう。このプロダクション使うことにしようぜ。フェティッシュだってマニア雑誌になるんだからさ。脚フェチとかって雑誌にすれば、何とかここのモデルでも使えるだろう。な、見ろよ、この子とか、すごい可愛いだろう」
 彼はスカトロなら、いい企画を出していたのだ。筆者はその時のルノアールで思ったのだ。エロ本はもうとっくの昔に終わっていたのだ、と。そのことに浮かれていた筆者たちエロ本屋が気づかなかっただけなのだ、と。
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