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2019年12月09日00:59

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アイさんコモドと鉢合わせ、その2

「お嬢さん。いいコーヒー豆を持って来たので、この男に淹れさせますよ」
 コモドが燕尾服の上だけ着たような格好のその上着の裏の大きなポケットから、いかにも高級そうな包に入ったコーヒー豆を筆者に差し出して言った。コモドはお土産に糸目をつけない。そして、筆者をこき使うことにもためらいがない。それがコモドの信条らしいのだ。
「あら、ちょうどいいところに来たのね。この差別主義の権化のようなのがいなければ、もっと、よかったけど」
 アイさんとコモドは思想的に対立している。虐げられ、差別されて来た女たちの怨念によって具現化しているようなアイさんとしては、性差別が当然の世界の住人であるコモドが許せないのは当然なのだろう。もっとも、アイさんが嫌うほど、コモドはアイさんを嫌っていないのだが、そこが、また、アイさんには腹立たしいのに違いない。
「お嬢さんは、いろいろ誤解しているらしいけど、差別というのは、そんなにいけないことなのかね」
「当然でしょ」
「私は足が遅い。この巨体だから、こればかりはどうしようもない。そこで足の速い連中に、通行の邪魔だと差別されるが、これは仕方ない。道を開けて先に行ってもらう。道など譲る必要ないとばかりに暴力で相手を制圧したりはしない。しようと思えば出来るがな」
「それが弱い者に対する差別でしょ」
「その前に足の遅い私が差別された。しかし、急いでいるので道を譲ってくださいと頼まれれば、それは差別にならない。また、差別された私は暴力なら勝てるがそれはしないので、弱者に差別していることにもならない。たとえ、信条は差別していてもな」
「認めるわけね」
「ああ、認めますね。私は女というものを弱い者と差別している。そう思っている。そう信じている。そこにすがって生きていると言ってもいい。そんな小さな誇りを抱えることで、かろうじて生きている程度の私は生物なのだよ」
「あら、今夜は、ずいぶんと素直じゃない」
「差別という意識はある。それを認め、その上で、差別を抑制して共存する道を探すことが文化というものじゃないのかねえ」
 サイフォンの火を落とそうとする筆者を少し制しながらコモドはそう言い。そう言いながら、数秒、筆者の作業を止めただけでそれを再開させた。数秒に拘るのがコモドという生き物なのだ。
「いい香りね。でもね。もっと香りを楽しみたければコーヒーは煮立たせたほうがいいでしょ。でも、その代わりに味は失われるわけでしょ。そのギリギリを誰が判断するのかしらね。今は、あなたがやったけど、社会ではどうするの」
 そうなのだ。差別を認め、それを個人が抑制すると言っても、そこに歯止めがないのだ。その歯止めが個人の感覚になってしまったら、差別は歯止めを失い暴走して行くのだ。実際、世界中で、歴史上で、それは暴走し続けているのである。
 コーヒーを用意させたコモドは、それをカップに注ぐ作業は筆者にやらせない。コモドによれば、そこがもっとも難しいところで、筆者には、まだ、その技量はない、と、そう言うのだった。コモドはそれがゆえに、三つのカップに、自らそれを注いだ。話の内容とは別に、いかにも平和な雰囲気に粗末な筆者の部屋が包まれていった。
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