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2019年05月18日17:38

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イギリス ロンドン紀行(その8)

5月3日

とうとうロンドン観光最終日になってしまった。

5月2日に 念願のケンウッドハウスを見学できた。

この最終日に 行く場所を決めていなかった私は、現地時間の午前5時に起きて、ガイドブックをめくりだした。

以前に行ったことのあるテート・ブリテンやテート・モダンに行くという考えも無いでもなかったが、行ったことの無い穴場の場所が無いのかどうかを 捜すことにしたのだった。

そしたら、「南ロンドンの穴場的ギャラリー」という文字が目に飛び込んできた!

これだ! 私の行く場所は。と、思ったのが、ダリッチ・ピクチャー・ギャラリーである。

ガイドブックによると、「レンブラント、ヴァン・ダイクに加え、ルーベンスも!?
名だたる巨匠たちのコレクションをもつ美術館が、南ロンドンにあるのは、あまり知られていない。緑に囲まれた歴史ある館に、17〜18世紀の巨匠の作品が多数飾られており、ゆったりとした気分で鑑賞することができる。ロンドン・ブリッジ駅から列車で郊外へ15分ほどの隠れた名所といえそうだ」

行き方は、地下鉄BrixtonからP4のバスで「Dulwich Picture Gallery 下車」と書いてあった。

バスに乗れば、美術館の前まで行けるというのは行きやすい。と、思った。

それから、行く場所を4か所くらい決めてみた。

東京で美術館巡りするのと同じ感覚である。

Brixtonというのはどこだろう? 
よく捜したら、Victoria lineの終点だった。

宿からVictoria駅まで地下鉄で4駅で、乗り換えれば行けることが分かった。

Brixtonの駅で P4のバスを捜すのに、10分以上はかかったが、バスを見つけて乗り込めば何とかなって、午前10時くらいに着いた。

「グリッチピクチャーギャラリー物語」という日本語のプリントを見つけた。

日本語のこんなプリントがあるとは! 日本人が良く行く所なのかな?凄いな!

プリントの内容は 次のとおり

「ザ・カレッジ

ダリッチピクチャーギャラリーのストーリーは、今をさかのぼること 15世紀のエドワード・アレイン(1566−1626)に起源します。彼はシェイクスピア舞台俳優・起業家であり、”神の贈り物”と形容されるアレイン・カレッジ(ダリッチ・カレッジの前身)の創立者でした。
1605年10月25日、エドワード・アレインは、フランシス・カルトン卿から5000ポンドでダリッチ荘園を買い取り、1613年ウェストミンスターの煉瓦職人ジョン・ベンソンに会堂、校舎、12部屋から成る救貧院を建てるよう依頼しました。
1616年会堂が完成し、1619年6月21日には”神の贈り物”であるカレッジとの合併許可を取得したのです。またアレインは美術画の収集家でもあり、1626年カレッジにこれらの絵画を遺贈しました。さらに1686年劇作家のウィリアム・カートライト他の俳優による遺贈絵画が加わり、ピクチャーギャラリーとしての構想基盤が出来上がったのです。・・・・略・・・」

プリント1枚の裏表に びっしりと美術館の歴史が書かれていた。

せっかく行ったので、特別展も 観ることにした。

確かに ガイドブックの通り、ルーベンスや ヴァン・ダイクやレンブラントの絵はあったが、驚いたことに 私の大好きなムリーリョの絵が2枚も展示されていた!

ここでムリーリョの絵を観るとは!!

聖母子の絵と 貧しい少年の絵だった。ムリーリョは 聖母子の絵も良いが、社会派というのか貧しい人々の絵も描いていた。




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