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2017年12月20日18:25

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今年最後の 名古屋美術館巡り(2)

次に向かったのは、名古屋市美術館である。

「シャガール 三次元の世界」という展覧会が12月14日から始まっていて、12月17日には作品解説会があるというので、それを狙って行った。

せっかく行くなら、そういうイベントがある時に行こう。と、いうのが、最近の私。

「作品解説会」は、午後2時から1時間くらいだという話だったが、15分くらい延長した。

まずは、シャガールの生涯についての説明があった。

「シャガール展」といえば、3年前に 愛知県美術館でパリのオペラ座の天井画の素描などの展示があり、私は それも観ているが、今回の展覧会は、彫刻、陶器が中心で、62点も展示されているというのが、世界で初めてだと聞いた。

しかし、彫刻・陶器だけでなく、平面作品(油絵、水彩画、版画など)は111点が展示されている。

シャガールは幻想的なテーマを鮮やかに描いた画家であるが、平面と彫刻・陶器の作品との関係性をさぐるのが今回の展示のテーマである。

ただ、シャガールの立体作品をまとめて持っている美術館は無い。

ニースにあるシャガール美術館でも 10点くらいである。

今回の展示のほとんどの作品は 個人蔵で、シャガール家の遺族の持ち物であると聞いた。

シャガールには一人娘がいたので、その人のものなのだな。と、思った。

立体作品は300点くらいあり、すべて一点もの。

売る為のものではなく、自分の楽しみ・研究の為に作ったものである。

こういうものをまとめて観る機会は無いというので、貴重なものを観れたということになる。

シャガールの写真が映されて、97歳まで生きた人である。

第一次世界大戦、第二次世界大戦、ロシア革命を体験した人

ロシア生まれのユダヤ人で、一時期 アメリカに亡命したこともある。

陶器などの立体作品は 1950年〜1960年くらいの時期で、シャガールの晩年の作品である。

シャガールはヴィテブスクで生まれ、その村には人口が4万〜6万人 ユダヤ人が半分以上

シャガールは貧しかった。妻のベラは 宝石店を営む家の人で、裕福。モスクワ大学出の才媛。
シャガールの2歳年下。

1944年に病死  しばらくシャガールは制作活動ができなかった

1911年 シャガール 24歳  フランスに  エコール・ド・パリ   蜂の巣と呼ばれる芸術家の集合住宅に住んだ  

ベルリンで初めての個展を開く  160点

1914年 いったんロシアに戻る  妹の結婚式   ベルリン経由

第一次世界大戦が始まって、フランスに戻れない  ロシア革命起こり、7年間 ロシアにとどまる。

27歳〜34歳まで


革命直後のロシアは 暮らしやすく自由だった。当初は革命政府に雇われ、ユダヤ劇場の壁画を描いたりした。

しかし、スターリン政権になったら 状況が変わり、ベルリン経由でパリに 1923年

1916年くらいに一人娘のイダ

画家として成功   1941年 アメリカに亡命

作品の大半がベラを描いている   

彫刻は、大理石、ヴァンスの石、石灰岩、ロニュの石を使っていて、素材によって彫刻のニュアンスが違って見えた。

彫刻は 彫刻家の作ったものではないので、親しみやすいというのか、粗削りの感じがした。

「売り物ではない」というのが自由に好きなように作っている感じがして、他の彫刻展とは全然違うものだった。

こういうのも良いかもしれない。

お馴染みの絵の展示もあり、「AOKIホールディングス」という所の所蔵作品が結構良いものだった。

これが今年の最後の名古屋の展覧会になった。








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