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2016年10月11日20:42

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吉田城へ行った。

豊橋市公会堂の後、豊橋公園に行った。


チラシにパフォーマンスの場所が「吉田城そば」と書いてあって、「吉田城」が 豊橋公園にあるとは知らなかった。

豊橋公園の中に 豊橋市美術博物館があり、そこには何度も行っているが、公園の奥まで行ったことが無かった。

今回、「吉田城ののそば」というので、吉田城に行ってみることにした。

吉田城とは

「戦国時代に戦乱の最前線基地として生まれ、やがて東海道の要となった吉田城をご案内します。 吉田城の歴史は、永正2年(1505)、牧野古白により今橋城が築かれたことに始まります。 戦国時代、東三河の要であった今橋城は、激しい攻防が繰り返されるなか、名称も吉田城と改められました。永禄7年(1564)には松平(徳川)家康が吉田城を攻略し、城主に酒井忠次を置きました。 天正18年(1590)、家康の関東移封によって池田輝政が15万2千石で入城し、城地の拡張や城下町の整備を行いましたが、慶長5年(1600)関ヶ原合戦の後姫路に所替えになりました。 江戸時代には東海道の要衝として譜代大名が在城しましたが、財政的要因のため完全に整備されないまま明治を迎えました。」

入場無料で吉田城に上れた。これは天守閣ではなくて、櫓である。

展示物もあり、明治12年に元家臣の人々の写真を撮ったもののパネルがあった。

年齢は40代〜70代の人々で、30人くらいの集合写真だった。

それから、能面もあったり 吉田城の説明パネルや 吉田城の模型もあった。

展示物も少しだけだったので、わりとすぐに見終わった。

そこから見下ろすと景色が良かった。

パフォーマンスの場所には 木の柵が設置されていて、準備体操や練習をしていた。

パフォーマンスの時間には まだ2時間くらいあった。

午後2時からのものなのだが、午後1時から 豊橋公園の各所でパフォーマンスが見れるというので、私は 2時間も前から 現地に行った。

この辺りには 飲食店もないので、あらかじめ地元のコンビニでおにぎりを買って持って行っていた。

おにぎりを食べて、吉田城を見学し、準備体操や練習を少し見ているうちに1時間が過ぎた。





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