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2016年02月14日10:49

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マリー・ローランサンの生きた時代・・・・美術講座

学芸員の浅野氏の話は、マリー・ローランサンの作品とその年に描かれた他の画家の絵や 日本の

出来事などを比較した話だった。

1883年 マリー・ローランサンがパリに生まれる。

日本では、1883年 鹿鳴館 竣工
  舞踏会を催し、日本が 外国に追いつき 追い越そうとしていた。

1890年 アメリカでは、フロンティア宣言

1884−1886年 「グランド・ジャット島の日曜日」 ジョルジュ・スーラの点描画

黒田清輝が フランスに渡っている。原田直次郎がドイツに渡る。

原田直次郎は、森鴎外の「うたかたの〜」のモデル  正統派の描き方(1886)

1889年 セザンヌ 「サント・ヴィクトワール山」
  セザンヌはピカソやブラックに影響を与えた

1883年 日本では 東京美術学校 設立

狩野芳崖「悲母観音」  原田直次郎「騎龍観音」(1890)・・・東京国立近代美術館蔵
日本のものと西洋のものの折衷

クロード・モネ「ルーアン大聖堂」 (1892−1894)

ムンク「叫び」(1893)・・・特異な絵画 ドイツ表現主義

明治美術会の展覧会 シスレーの風景画の実物 展示

黒田清輝の白馬会 

黒田清輝「舞妓」(1893)・・・フランスで学んできたアカデミーな描き方と印象派の光の使い方

高村光雲「老猿」(1893)・・・シカゴ万博で評判をとった作品 写実性

横山大観「屈原」(1898)・・・・岡倉天心 東京美術学校を離れる 日本美術院の設立


1904年 マリー・ローランサンは 画塾で学ぶ  画商ロシェと知り合う
「 自画像」・・・伝統的な描き方 

青木繁「海の幸」(1904) 日露戦争が始まった年

パブロ・ピカソ「アヴィニョンの女たち」(1907)・・・・20世紀の絵画の変革をもたらした。

セザンヌの回顧展(1907)  安井曽太郎が絶賛

文部省第1回展覧会

和田三造「南風」(1907)・・・・裸体の描き方

レオカデス・ベルヴェデーレの「アポロン」 紀元前20−17年 理想美

マリー・ローランサン「自画像」(1908)・・・色の面としてとらえ、構成
 「パブロ・ピカソ」(1908)・・・黒い輪郭線で形どっていく マチスの影響
 1908年に 初めて 油絵が売れた。スタイン兄弟

「詩人の家族」(1909)・・・円孤

アンリ・ルソー「詩人に霊感を与えるミューズ」(1909)
 マリー・ローランサンとアポリネールを描いた 素朴な絵

竹内栖鳳「アレ 夕立に」(1909)・・・第3回文展に出品

パブロ・ピカソ「アンブロワーズ・ヴォラールの肖像」(1910)・・・分析的キュビスム
 いくつもの視点から 

アンリ・マティス「ダンス」(1910)

菱田春草「黒き猫」・・・・重要文化財  アピールするのも重要 文化を知る=そこに住む人を知る

1910年 メキシコ革命  未来派宣言・・・イタリア  韓国併合 白樺創刊 
緑色の太陽…高村光太郎 個性を重んじる

マリー・ローランサン「扇」(1911)・・・前衛絵画  ドイツでローランサン展開催
 ニコル・グルーと知り合う
「家具付きの貸家」(1912)

カンディンスキー「最後の審判」(1912)・・・・抽象絵画

木村荘八「祖母と仔猫」(1912)・・・フォービスム ゴッホの影響 ポスト印象派
 1910年の白樺の図を見たりしていて、ずれている

マリー・ローランサン「優雅な舞踏会」(1913) 画商と契約  成功していく アメリカでの展覧会

梅原龍三郎「黄金の首飾り」(1913)・・・ルノワールに師事

ココシュカ「テンペスト」(1914)

1914年 日比谷美術館での展覧会 マリー・ローランサンの版画の紹介

1913−14 「青と黒の帽子をかぶった少女」  スペインへ亡命
 
1914年 辰野金吾設計の東京駅

1915年 マドリードで 堀口大学と知り合う  フランス詩の紹介

岸田劉生「切通之写生」(1915)・・・写実主義

マリー・ローランサン「鏡をもつ裸婦」(1916)・・・プラド美術館に通った 安定感がある

川合玉堂「行く春」(1916)・・・第6回文展 

毒ガス、戦車、戦闘機 ヨーロッパの荒廃 ダダ 前衛美術運動

マリー・ローランサン「囚われの女 供廖複隠坑隠掘法ΑΑηいピンクのカーテン 格子 閉じ込められている

マルセル・デュシャン「泉」(1917)・・・男性用便器を持ち出して、芸術であると提示
芸術の定義を変えていく

マリー・ローランサン「馬になった女」(1918)

関根正二「信仰の悲しみ」(1918)

マリー・ローランサン「舞踏」(1919)

バウハウス 建築を中心に 造形 総合芸術を高めていく

民主的 ワイマール憲法

ラウル・ハウスマン「機械的な頭部」(1920) ダダ

中村つね「エロシェンコ氏の像」(1920) ロシアの亡命詩人  中村屋サロン

1920年 ロシアの美術が紹介されている

マリー・ローランサン「三美神」(1921)・・・ローランサンらしい作品 輪郭線が減り、色面の組み合わせ 優しい曲線 色彩がパステル調 

離婚して パリに戻る  個展成功

岸田劉生「麗子微笑」(1921)

神原泰 1922年 アクション宣言 二科会の中での 新興芸術運動

横山大観「生々流転」(1923) 関東大震災







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