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2016年02月13日21:54

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マリー・ローランサン「愛と色彩のシンフォニー」・・・碧南市藤井達吉現代美術館

今日は、「マリー・ローランサン」を観た。

午後2時から美術講座 「マリー・ローランサンの生きた時代」があり、予約していた。

学芸員の浅野泰子氏の話だった。

まず、講座の前に 一通り展覧会を観た。

この展覧会は、マリー・ローランサン美術館からの出展が主であった。

マリー・ローランサン美術館は、1983年に開館し、2011年に閉館したという。

長野県にあった美術館であり、私は 何年か前に出かけたことがある。

宿泊したホテルに併設されていたので、観に行ったのは、1985年くらいだっただろうか。

少なくとも、1989年よりも前だったことは 確かである。

だから、多分 その時に観たマリー・ローランサンの作品を 今日、改めて観たことになる。

その頃(1985年くらい) 私は、絵の展覧会を観に行くことは無かったので、マリー・ローランサンについては 全然知らなかった。

ただ、絵が綺麗で、良いなあと思ったくらいであった。

絵の展覧会をよく観るようになったのは、2000年くらいからなので、今 改めてマリー・ローランサンの絵を観ると、感慨深い気がした。

エコール・ド・パリの時代で、ピカソなどがパリに出てきた時代であった。

マリー・ローランサンは、パリの生まれなので、エコール・ド・パリとは言わないだろうが、ピカソと交流があったので、キュビスムの影響も受けていた。

キュビスムの影響を受けた絵があるとは、その頃は知らなかった。

今日、展覧会で よく観たら、そんな絵があって、「そうだったのか。」と、良く分かった。

キュビスムに影響を受けた絵もあったが、その後、独自の道を進んでいった。

マリー・ローランサン美術館は、高野さんという実業家がコレクションしたもので、マリー・ローランサンの絵を初期のものから晩年の作品まで網羅している。

1904年の「自画像」は、いかにも伝統的な美術教育を受けたことが分かる絵だった。

それから、美術学校をやめて、洗濯船に出入りするようになり、ピカソの影響を受けたり、アポリネールと付き合うことで、キュビスムの影響を受けた絵を描く時期があった。

面白いなと思った絵は、「頭の尖った女性の肖像」で、アポリネールが持っていた絵だというが、アポリネールの面影があるらしい絵だった。
エジプト美術かアフリカ美術の影響を受けた絵で、マリー・ローランサンにしては珍しい絵だと思った。

「アリス・ドラン」も 頭が尖った感じで描いていて、何だか不自然に見えた。

「果物かご」は、セザンヌの影響を受けたのが分かる絵だった。

「詩人の家族」(1909年)は、人物に似せようとしている絵ではなくて、絵の構成を見せている絵であり、モデルになった人の気に入らない絵であった。
それでも、誰が描いてあるのか分からないような絵ではなくて、なかなか良い絵だと私は思った。
特に、女性の顔は、まるで ボッティチェリの「春」の女神のような顔だと思った。

「扇」(1911年)は、円の孤を用いて描いた前衛絵画で、この時期にドイツで「マリー・ローランサン展」が開催された。ニコル・グルーと知り合った。ニコル・グレーを描いた絵が何枚かあった。

1913年頃に描いた「アンドレ・グルー夫人ニコル」は、アール・デコの部屋の展示の中に掛けられた。写真パネルで見たが、絵と部屋の調和がとれていた。

「優雅な舞踏会あるいは田舎での舞踏」(1913年)が マリー・ローランサンのキュビスムの絵の傑作になる。画商と契約して成功した。

1910年後半から1920年代に マリー・ローランサン・スタイルの誕生

「白い羽根飾りの黒帽子をかぶった乙女」(1915年)は、特に 私が気に入った作品である。

サイズは小さいが、乙女の目の表情が 他の絵に比べて 凛とした表情に見えて、マリー・ローランサンの自分のスタイルを確立しようとする意志が絵から見えるような気がした。
乙女のスカートの上の小さなピンク色の花も印象に残った。

「囚われの女 供廚蓮■横押ィ后滷隠海箸いΕ汽ぅ困任△襪、カーテンの格子柄が 牢屋に見えて、不自由な亡命生活が伺われた。

どういういきさつで、ドイツ人と結婚したのか知らないが、第1次世界大戦の時にドイツ人と結婚したのは失敗だった。

スペインで 何年か過ごしたが、その中で プラド美術館に出かけて 絵の勉強もしたので、それが絵に表れていた。それが、「鏡をもつ裸婦」(1916年)である。
これも素晴らしい絵だなあ。と、思った。

1920年代は、いわゆる「マリー・ローランサンらしい」絵で、甘美さ、軽やかさ、かわいらしい絵だった。

1930年代から晩年までの作品は、綺麗で 良かった。

これまで使ってこなかった黄色や赤を上手く使いこなし、自分の世界を見事に表現していた。

私が 特に 好きな絵は、「シャルリー・デルマス夫人」(1938年)で、美しくて、可愛らしい女性を描いていた。髪に花を挿して、色とりどりの花も描いて、こんな絵だったら 自分も描いてもらいたいくらいだと思った。

「三人の若い女」(1953年ごろ)は、70歳の頃に描いた作品であるが、綺麗で 美しくて、集大成の絵なのかな。と、思った。

マリー・ローランサンの作品を 時代ごとに じっくり観て、単に 綺麗な絵だけではないということに気付いた。

美術講座の後、1時間くらい 再び観て、こういう画家だったというのを再認識した。

1920年代以降は、時代に流されず、自分のスタイルで 絵を描いていた画家であった。
















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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年02月14日 01:07
    私も火曜日と水曜日にこの展覧会を観ました。

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