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2015年03月07日22:29

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「小林清親展」・・・講演会

今日は、練馬区立美術館の学芸員 加藤陽介氏の講演会で、「小林清親が学んだもの」という題名であった。

1.小林清親の生い立ち

「清親自画伝」(1913年ごろ)
1847年 本所御蔵屋敷に生まれた。父は 幕府の年貢をしまっておく米蔵を管理する役人であった。
安政2年( 8歳)・・・大地震が起こって、家がつぶれた。

安政5年(11歳) コレラが流行。歌川広重もコレラで死去(65歳)

文久2年(15歳) 家督を継ぐ。

1865年 18歳 伏見の戦いに参加。

1866年 江戸城開城。清親は 最後まで御蔵を守り、引き渡す。
 江戸城開城の後、描きためた下絵を焼く清親。
            官軍に殴られる清親。

ここまでしか書かれていない。

静岡を転々としたらしい。

明治9年 光線画デビュー。(明治7年 河鍋暁斎、柴田是真と交流。明治8年 ワーグマンに洋画を学んだという説もある)

当時の歌川国利の錦絵に比べて、清親には 新しい感覚がある。

明治の浮世絵では、空が赤いものが多いが、清親は そうしなかった。

カリエ&アイブス社製石版画の影響がある。「猫と提灯」「五本松雨月」

スライドを見せながら、比べてみれば、なるほど。そんな感じがした。

アメリカの週刊誌 鉄道馬車の絵ー「本町通夜雪」

チャールズ・ワーグマン 挿絵画家、記者「ジャパン パンチ」
 五姓田義松が1865年に入門 高橋由一は 1866年に入門

清親写生帖 ・・・明治10年代
 10冊現存 かつては20冊以上あった。

  水彩画で描かれていて、かなり完成度が高い。火事の様子、街並み

清親は水彩画を描いて、それを版画にした。・・・今までにないこと

浮世絵師は 輪郭しか描かない。

清親の水彩画・・・ぼかし、輪郭線が無い。 グラデーション 空が複雑。

雨の描き方  広重・・・線で描いた
         
         清親・・・白くぬかれている。「梅若神社」明治12年ごろ

清親は浮世絵師であるが、作り方、考え方が違う。

外で絵を描く

明治14年に光線画をやめる。広重風になってみたり、風刺絵、戦争画

肉筆画に見るべき所がある。大きなライオンの屏風。明治17年
リアリティのあるライオン

明治30年ごろに評価される。木下杢太郎

江戸時代へのノスタルジー

「開化の東京両国橋之図」・・・木下杢太郎の詩


この展覧会は、東京の練馬区立美術館で 4月5日〜5月17日に観られます。

ちなみに、この講演会も5月2日に行われるので、もしかしたら同じ話かもしれません。

同じ人が 同じ題名で講演します。


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