mixiユーザー(id:29290635)

2015年03月07日20:56

124 view

静岡へ・・・1.駿府城公園

今日は、静岡に出かけた。静岡市美術館で「小林清親展」を観る為であった。

せっかく静岡まで行くので、駿府城に行ってみることにした。

駿府城は、徳川家康のお城であったが、今は 天守閣もなく、外堀が 半分くらいと中堀、東御門巽櫓が復元されていて、いろんな展示物があったり、紅葉山庭園を観た。

堀の外には、弥次喜多像と「わさび漬け発祥の地」の石像を見た。

紅葉山庭園では、富士山を模した山や 堂ヶ島を模した岩、三保の松原をイメージした松、滝などのうまく作り込んだ庭があって、四季折々に 花が楽しめるようになっていた。

今日は、もう梅は散っていて、ほとんど花は咲いてなかった。

八つ橋に似せた所もあって、時期になれば、杜若が咲くらしい。

桜の時期になれば、駿府公園も美しいだろう。

今日は、たった1本 早咲きの桜が満開で、素晴らしかった。

東御門巽櫓では、ボランティアの人が説明してれたので、1時間 たっぷり見学できた。

家康は、2年しか将軍をやらなくて、駿府城に隠居していた。

その時に、いろんな大名が 江戸に参勤交代で行く前に 必ず 駿府で 家康に挨拶したという話や、その当時には 武家屋敷や 商人の家などが たくさん建っていて、人口が12万人だった。当時の日本で 駿府は 4番目に大きな都市だった。
しかし、家康が死ぬと、武士は 江戸に移り住み、商人も 江戸に行ってしまい、2万人になってしまった。武士の家は 空き家ばかりになり、家は 朽ち果て、畑ばかりになったという。

それで、神田駿河町というのは、駿府に住んでいた武士が 江戸に移り住んだ場所と聞いた。

また、浅草にも駿河という所があるそうだが、そこは 商人が移り住んだ場所という。

家康が生きていた当時の様子が 模型になっていて、家ばかりだった。

それが、家康が死んだとたん、殿様がいないので、すっかりさびれた。

駿府公園には、家康像があり、立派な銅像だった。

ガイドさんによると、家康は163cmくらいの身長だったそうだ。

家康が かつて今川義元の人質になっていた時の 住んでいたお寺の勉強部屋が復元されていて、4畳半の 小さな部屋を見た。

駿府城は 1年半くらいで建てたお城だったが、頑丈にできていたそうだ。

まだ豊臣家が滅亡する前だったので、敵が攻めてきた時の備えに 矢を射る穴や 石を落とす穴などがあった。

東御門櫓は 平成8年に復元されて、当時のような作り方で 作ったそうだ。

設計図が残っていたので、復元できたという。

350年もの桧の太い柱や、材料を調達するのは 大変なことだっだだろう。

紅葉山庭園の中の茶室や 立礼席の建物も 見学したが、材料に凝っていて、北山杉の40年ものとかいろいろな説明があった。

釘を1本も使っていない。

なるべく当時のものを忠実に再現した。

初めて駿府公園に出かけたが、なかなか見応えがあって良かった。

今日は、雨が降らなかったので、助かった。





3 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを投稿する