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2022年01月10日19:30

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本棚453『時雨のあと』藤沢周平(新潮文庫)

 この連休は鶴岡の藤沢周平記念館で行われている「『蝉しぐれ』の魅力」展へ。藤沢周平記念館では、生前に藤沢周平がインタビューに応えていたテレビ番組を観ることができた。その中で、庄内の人びとの特徴としてつつましさを挙げ、自身も歴史上の英雄ではなく、普通の人たちの中にあるドラマを描きたいという趣旨の言葉が印象的だった。

 この短編集で描かれるのも、厳しい身分制度の下にある下級武士であったり、貧しい市井の庶民ばかりである。そしてどの話も、名もなき人びとの誰もが、自分だけのドラマを持っていることを教えてくれる。
 
 「ー雪江だ。 感動が新三郎の胸をしめつけた。旅姿の女は雪江に違いなかった。高く手を挙げている。西空に傾いた日射しに、白い歯がちらりと光ったのが見えた。 「母上」 木戸から首を突っこんで、新三郎は母親を驚かせないように、つとめて平静な声をかけた。 「あなたの娘が一人、帰ってきたようです」」(『鱗雲』)

 『鱗雲』のように幸せな結末を迎えるものもあれば、『時雨のあと』では、怪我によって自暴自棄になり、唯一の肉親の妹を苦界にやってまで博奕に狂う安蔵の立ち直りを表すかのような、冷たい時雨が去った後の微かな希望を感じさせるラストになっている。『雪あかり』では、別の人生を生きるために、数多のしがらみを越えて「跳ぶ」形で終わるが、男女が結ばれた明るさだけでなく、その後待ち受けるであろう苦難も綯い交ぜになった複雑な心境を描き出している。『果たし合い』も、もたらされる結末は事実としては不幸だが、主人公のどこか晴れ晴れとした心境が心に残った。
 
 幸福な結末であるか、そうでないかに関わらず、藤沢周平は、一度きりの人生を様々な思いを抱えながら生きてゆく、ごく普通の人びとのドラマを丁寧に描き、時代を超えて読者の共感を呼ぶ。鷺沢萠の「どんな人にも光を放つ一瞬がある」という言葉をふと思い出した。
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