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2021年12月26日14:14

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本棚447『樋口一葉の世界』前田愛(平凡社ライブラリー)

 明治初期の時代や文化の背景、日記、作品の変遷などから、その余りにも短い生を燃焼した樋口一葉の全体像を捉えている。
 
 日記からは、名家の令嬢たちが集う萩の舎塾での、零落した士族の娘である一葉の羨望や憧憬、冷笑などがない混ぜになった複雑な心理が浮かび上がる。皆の新調の着物の噂を古着の一葉はどのような想いで聞いていたのだろう。その後父を失い、更に暮らしが困窮する中、「うきよを十露盤の玉の汗に商ひといふ事」をはじめ、生涯金銭で苦労した一葉が、今は紙幣の顔となっていることに運命の皮肉のようなものが感じられる。

 生活の辛苦を味わうことで、次第に上流社会への憧憬から醒め、独自の文学作品が生まれていく過程が丁寧に描かれる。生活の厳しさが増すに連れ、当初の源氏物語に擬した王朝風の平板な作品が、次第に登場人物の情念が深まり、光彩を放つようになってゆくのはやるせない。
 他方で、『にごりえ』でお力が幻視する「人の声も聞えない物の音もしない、静かな、静かな、自分の心も何もぼうつとして物思ひのない処」の荒涼としたイメージが、初期の作品にも垣間見られ、徐々に変奏しながら作品が深まっていく過程が分かる。

 著者は、『大つごもり』を金銭をめぐる抑圧と解放のドラマとして捉え、『にごりえ』を生と死の交錯する不条理の世界として捉え、『十三夜』を、自力で運命を切りひらくことのできなかったふたりの男女がつつましいあきらめに救いを求めようとする物語として捉える。いずれにせよ、一葉の後期の優れた作品群は、鹿鳴館の華やかに輝くシャンデリアの影にある、明治の貧しい奈落の底の悲劇を活写している。

 「死者の霊を生者の世界へと迎えとる盆提燈がまだ軒先に灯っている季節に、お力と源七がこのような死の手にとらえられてしまうところに、『にごりえ』のもっとも深いアイロニーがある。そのかぎりで人魂の光がお寺の山を飛びめぐるという草双紙ふうのどぎつい結末は、この不条理な死の世界を閉ざす封印としてきわめて適切なのである。」

 本書の白眉は、『たけくらべ』について論じた「子どもたちの時間」の章だろう。当時の地図や児童向け雑誌など多様な資料を引用し、「作品の言葉を同時代の習俗や言葉の世界に解き放ち、そこから作品のなかに隠されているコンテクストを掘りおこして行く」という方法論の斬新さも魅力的だが、情趣に溢れ、作品への愛情が伝わってくる著者の文章は理想の文芸評論である。

 「一葉の『たけくらべ』は、私たちにとって二度と繰返すことのできない子どもの時間が封じこめられている物語である。私たちは、古いアルバムの色褪せた写真から失われた記憶の一齣一齣をとりもどすように、『たけくらべ』の信如や美登利に導かれて、めいめいの子どもの時間を手ぐりよせようとする。信如や美登利は、明治の子どもたちであるとともに、かつて子どもであった私たちの原像なのだ。」
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