mixiユーザー(id:2716109)

2021年10月16日20:01

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本棚428『生きて愛するために』辻邦生(中公文庫)

 たった100頁ばかりであるのに、本書は何度読み返しても色褪せることない輝きを持っている。季節、空、雨、海、山、花々、木々、異文化や人との出逢い―これら地上の生の素晴らしさ、歓びを余すことなく伝えてくれる。それは決して観念的ではなく、著者の具体の体験に基づく想い出が走馬灯のように駆け巡る。
 海から吹く風や森のなかの読書といった至福の夏の時間、松本での旧制高校時代の高原に浮かぶ白く眩しく輝く雲、雨の中にも太陽が輝くようなサイゴンの甘く明るい驟雨、人生を日々の生活の時を愛したチャールズ・ラムの随筆。このただ一度きりの生を豊かに彩る様々なものへの心からの愛情が感じられる。
 あとがきによると、この随筆は1994年、著者が亡くなる5年前に日本経済新聞の日曜版に連載されていたという。文芸誌ではなく、毎日時間に追われ仕事に邁進する多くのサラリーマンが読む新聞での連載というのが意外だった。ふと立ち止まって、今日の空を眺め、頬をなでる風を感じてごらん。生の終わりが近づく著者から読者への心の声、生の讃歌が聞こえるような気がした。
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