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2019年10月17日09:15

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本棚206『科学する心』池澤夏樹(集英社インターナショナル)

 「大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。 たとえば、星を見るとかして。」

 学生の頃に読んで驚きを覚えた、池澤夏樹の『スティルライフ』の一節。理工学部出身の著者らしく、「チェレンコフ光」といった科学の言葉が小説の中に自然に散りばめられているのが新鮮だった。雪が降るのではなく、雪片に満たされた宇宙を、自分を乗せた世界の方が上へ上へと昇っていくというイメージは、静寂の音が聞こえるかのような静謐な物語の世界へと誘ってくれた。

 本書は、池澤夏樹による科学エッセイ。「「考える」ことはAIにもできるが、「思う」ことは人間にしかできない。」「(進化とは)一本の木を下から上へ登るような分岐と末端、つまり絶滅。」などポイントが明解で、根っからの文系の自分も楽しく読むことができた。
 『ファーブル昆虫記』について、幼虫が「心配そうに」歩き回っている、と副詞を添えて書くファーブルの人間性によって、無機質な「論文」ではなく、温もりがあり広く読者を得た「エッセイ」になったと著者は言うが、科学と文学の絶妙な融合という点で著者の作品も当たるのではないかと思った。

 『サピエンス全史』や『眼の誕生』など面白い科学の本を紹介してくれるのも魅力。中でも、40年ほど前に作られた10分足らずの短編科学映画の名品「パワーズ·オブ·テン」の存在を知ることができたのが最大の収穫だった。シカゴの公園のピクニックの風景から、画面がどんどん引かれて行き、宇宙の果まで行ったかと思うと、今度は逆に原子核までズームされてゆく。極大の世界から極小の世界へ。大河ドラマなどでよく、地球儀を初めて見ていかに日本が小さいかを知るという場面が描かれるが、まさにそれと同じように、これまでの世界観が揺さぶられる。そして、「この世界の片隅に」今在ることの尊さが身にしみて分かるのである。
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