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2020年07月29日13:16

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「松岡洋右と日米開戦」(服部聡)読了

少なからずがっかりさせられた。

松岡は、国際連盟脱退で大衆の人気を得たポピュリスト政治家で、日独伊三国同盟を結んだ外相として日米開戦へと導いた政治家として悪名高いが、実は、交渉手腕に長けた現実主義者で対米戦を回避することに尽力したという実像を明らかにするというのが本書の触れ込みだった。

確かに、松岡という人物に焦点をあてて、満州事変以降、対米英開戦に至る日本の内政外交の複雑な紆余曲折を丁寧にたどるということには成功している。日米開戦は、けっして、米側の一貫した強硬論や挑発、陰謀に仕向けられたというものではなかったということも十分に説得力ある解明がなされている。

しかし、松岡の外相としての最大の功績である日独伊三国同盟そのものが米国の対日不信を決定的にしたことには何ら変わらないし、松岡が訪欧中に、独の英本土上陸戦の放棄と対ソ開戦の意図を知りながら隠蔽していたというのも既知の事実だ。開戦直前、近衛首相が米国側から引き出した宥和妥協案を松岡が無視した事実もけっして覆らない。これらは、松岡の識見には傑出したものがあったとの著者自身の結論とはあまりに矛盾している。また、日本と米国の国力差を大きく見誤り、開戦後の米英の無条件降伏主義を見抜けなかった松岡の外交思考を前時代的と言いながら、同じ紙面で松岡の識見を称揚することにも違和感を禁じ得ない。

結局、日本を終熄への覚悟もないままに日米開戦にまっしぐらと導いたのは、欧州大戦に乗じて英蘭の植民地の資源獲得、領土拡張を目論む火事場泥棒的な「参戦主義」であり、そのことは第一次大戦時の成功体験に過ぎなかった。三国同盟は実際にはちゃちな建て付けで、植民地の宗主国である英蘭や、泥沼化していた日中戦争の仲介を期待した米国への交渉圧力を目論んだものに過ぎなかった。「東亜新秩序」が「大東亜共栄圏」へと名実が入れ替わりながら妄想が肥大化したいったことにも、松岡のオポチュニストぶりとその分裂的行動が大いに寄与した。

松岡がその愚昧な外交過程で、なぜ、派手な立ち回りを演じたのか?著者はそれを、確固たる政治基盤や官僚組織などを持たなかった「大衆政治家」だったことに求めている。そのことはまったく正しい。それでは、そういうオポチュニスト、ポピュリストを駆り立てたものはいったい何だったのか?

それは、当時の「南進論」に熱狂した国民世論であり、シビアな国際情勢と日本の国力そのものについて明らかにしようとしなかった愚劣なマスコミの扇情的なプロパガンダだったといえよう。そういうポピュリストの背景は、松岡だけでなく、当の軍部も共通に背負って自縄自縛に陥っていた。その根本を著者はまったく明らかにしていない。

著者のように既往の学説や資料を再構成することの繰り返しでは、もはや、日本の近現代史とその中の人物像を解明することには限界が来ているのだと思う。戦前の世論やマスコミの思考回路やその形成要因を深掘りしないことには、戦前日本の民主主義の失敗を明らかにし、現代日本の現状や未来への歴史教訓として活かすにはあまりにも無力だと痛感する。



フォト

松岡洋右と日米開戦
大衆政治家の功と罪

服部聡著
吉川弘文館
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