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2020年04月04日11:22

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紙の月(角田光代著)読了

外出自粛の現下、家で好きなことをするとすれば、音楽鑑賞か読書ぐらい。音楽鑑賞といっても家族も同じように巣ごもり状態なので限られてしまいます。そうなると、ここのところすっかり低落してしまった読書量を稼ぐ機会ということになります。

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この本を読むきっかけは、「サワコの朝」に作者が出演しているのを見たこと。作家らしからぬなかなかの天然ぶりにちょっと気持ちも和みますが、意外だったのは、数々の文学賞を総なめにしてきた売れっ子には似つかわしくないその不遇時代と《挫折》体験の吐露。評論家から“小説というものをわかってない”“幼稚”だと酷評され落ち込む日々を過ごしたとか。

面白かったのは、ある編集者から“ネガティブなばかりでは売れない”“救いがない”と忠告されて思い悩んだということ。そして、ある時、突然、霧が晴れるように悟りを開いたという。

ところが本書を読んでみると、少なからず不満が残った。楽しめない。

物語は、例によって三面記事的な社会事件をモデルにしている。今回モデルとなっているのは巨額の横領をして男に貢いだ女子銀行員の横領詐欺事件で、最も近いのは「好きな人のためにやりました」と言いのけて世間をあっと言わせた三和銀行(当時)の伊藤素子事件だけれども、筋書きはまるで違う。

むしろ手口の鮮やかさというよりは、平凡で誰にもあるような日常のレールから、ほんのすこしずつ逸脱して虚偽を重ねていく過程での心理描写や濃密な生活描写のリアリティで一貫している。大学生を愛人にしてついには家賃26万円のマンションに囲い驕奢にふけり、横領額は1億円に達しても、その感覚自体は凡庸でいかにも無為で虚無的だ。

物語は、主人公の同級生や同僚である女性たちと並行してより合わせてあるが、そうした脇役たちも、娘との関係が築けない浪費壁のキャリアウーマンであったり、逆に過度の吝嗇ぶりで家族から浮き上がってしまう専業主婦であったりする。あるいは実家の過去の裕福ぶりに依存して夫から愛想づかしをされる母親であったり。それが小説の進行をかえって散漫にさせている。そして、そのすべてが(例え不倫のケースではなくとも)、悪いのはすべて無理解で鈍感な男たちのせいだと言わんばかり。その男たちの人格や存在感の、何と軽くて薄いこと。

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巧妙なプロットづくりも、意外などんでん返しも用意されておらず、こうした希望のない日常の閉塞感には終わりがない。小説家としては、覚醒したというよりは居直ったとしか思えないのです。「サワコの朝」での対話から、かつて一気読みした「八日目の蝉」よりも、さらに新しい作品だということで期待を胸に手にしてみたのですが、ちょっと裏切られた思いがしてしまいました。

少なくとも男性読者の共感はなかなか得られないのではないかと思ってしまいます。逆にそれほどに女性読者の気持ちをつかむということに徹しているということなのかもしれません。つまりは「悟り」とは、自分のスタイルに徹するという「居直り」ではないかと思うゆえんです。

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紙の月
角田 光代(著)
角川春樹事務所


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