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2020年02月18日15:41

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ピアノという魔界 (萩原麻未 ピアノリサイタル)

今年に入って早くも2度目の町田の小さなコンサートサロン、アートスペース・オー。

またまた足を運んだのは、何と言っても萩原麻未さんのピアノを久々に聴きたかったから。

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間近な距離で聴く萩原さんのピアノは、凄い。

ちょっと陳腐な言葉で気恥ずかしいのですが、それこそ『ハンパない!』というしかありませんでした。

サロン主宰の大橋さんが、コンサートの後で「ここのピアノがこれほど鳴ったことはいままでないほど」「萩原さん自身が、すごく気に入ってしまったようで、今日は何かが起こりそう…と仰っていたけど、その通りになりました」と話されていました。うんうんと何度も深くうなずいてしまいました。

調律師の方も会場の後方でずっと聴いておられました。30分前に開場となり部屋に入ると轟音のようなスケールが鳴り響いています。満足げに微笑む、ナマ萩原さんとすれ違って、ちょっとびっくり。調律師の方も、ピアノを布で丁寧に拭って後を追うように退場。調律師さんは、開演中は譜面台をつけたり外したり、途中の休憩時間にも、入念に調整されていました。こんなことは、このサロンだけでなく大きなホールでもあまり見かけません。ましてや、開場して客が入ってきてもまだ本人がいてぎりぎりまでチューニングだなんて、変人ポゴレリッチもびっくりでしょう。

最初のバッハは、とてもまろやかな音。空間が小さいのでともすれば強くキツくなりがちですが、タッチはとても柔らかい。もちろんフォルテはよく響くし、時に音が空を切る。ほとんどノンペダルですが、最後の和音などここぞというときには思い切りよくぐっとペダルを踏み込むと、残音にとても深みを感じさせます。それ以外は、音色の移ろいはタッチだけで出していく。とても心地よい多幸感に満ちたバッハ。

バッハに続いては、何とシュトックハウゼン。

シュトックハウゼンと言えば、私の世代にとっては「電子音楽」の作曲家。大阪万博ではドイツ館でそういう実験的音楽を繰り広げ、武満徹やクセナキスらの鉄鋼館と前衛の覇を競う感がありました。このピアノ曲は、その前のセリー音楽の時期のものですが、そういう鋼の緊迫した密度の高い響きや音色で、バッハの温雅な世界からたちまち眼が醒めてしまいます。利き酒とか、聞香と同じように、刹那、刹那の音の微妙な響きの違いを鑑賞し聞き分ける遊びをしているかのような心境となって、だんだんと感覚が研ぎ澄まされていきます。この小さなグランドピアノから醸し出されていることが信じられませんが、こういう音の世界はなかなか体験できるものではありません。

そして、再び、シューマンのおとぎ話の世界に引き戻されます。でも、そこでも多様性に富んだテンペラメントが次から次へと繰り広げられます。心の物語のような情感の起伏と見事に調和していて、まさに『情景』となって目の前に浮かび上がってきます。

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そういうテンペラメントが、さながら洪水が押し寄せてくるかのような観があったのが最後のショパンのソナタ。

この曲を直近で聴いたのは、スカラ座でのポリーニでしたが、もちろん、あれも感動的な演奏でした。ポリーニのピアノは、堅い陶製のタイルを敷き詰めて色彩を散りばめていくモザイク絵のような音楽。麻未さんのショパンは、…ゴブラン織りのようなと言ったらいいのでしょうか…そういう厚手の織物に触れたり眺めたりする感覚で、色彩だけでなく織り目も変化に富み、しかも冷熱を帯びている。ソナタは、冒頭からいきなり駆け出すように始まり、しかも、低域の分散和音はまるでオルガンのように響くので、もうそのまま魂をわしづかみにされてしまいます。その後は、めくるめく多彩なテンペラメントの洪水に感情を翻弄されてしまいました。

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演奏が終わると、ご本人の目も濡れたように紅潮しています。ちょっとはにかむような笑みを見せて深々と礼をされたのは、おそらくご自身も取り憑かれたように無我夢中だったショパンの世界から我に返り急に現実に引き戻されたような気持ちがあったからではないでしょうか。

とにかく凄いピアノでした。



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アートスペース・オー 第230回コンサート
萩原麻未 ピアノリサイタル

2020年2月16日(日) 16:00
東京・町田 アートスペース・オー

萩原麻未(ピアノ)

J.S. バッハ:フランス組曲第5番ト長調 BWV816
シュトックハウゼン:ピアノ曲 第7 20 No.4(1954)
          ピアノ曲 第8 21 No.4(1954)
R.シューマン:子供の情景 op.15

ショパン:ピアノ・ソナタ 第3番ロ短調 op.58

(アンコール)
ショパン:黒鍵のエチュード(12の練習曲 op.10より第5番変ト長調)
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