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2020年02月15日18:16

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ウィーンのベートーヴェン (紀尾井ホール室内管 定期)

2017年以来、首席指揮者を務めているライナー・ホーネックは、さらに任期が2年延長されることになりました。ホーネックは、ウィーン・フィルのコンサートマスター。ウィーンの伝統の中枢を担っている音楽家。

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ホーネックが、紀尾井ホール室内管という日本のトップ演奏家集団に伝えるものは、まさにそのウィーン伝統の音楽スタイル。日本に西欧音楽が伝えられ、その教育で育った音楽家たちはすでに世界で活躍する時代になったし、西欧正統音楽、すなわちクラシック音楽の愛好家も広く根付いている。けれども、ホーネックのような現役が伝えるてくれる生きた伝統のトリヴィアは、まだまだ日本の演奏家にとっても愛好家にとってもとても貴重で価値が高い。

そのホーネックが、楽団の定期演奏会120回の節目を迎えるベートーヴェン・イヤーの劈頭を渾身の演奏で飾ってくれました。ベートーヴェンは、ボン生まれではあってもウィーンの音楽家だし、ウィーン音楽の伝統の柱のひとつだと思います。

プログラム前半は、ホーネックの指揮振り。やはりベートヴェンは、格別。その演奏は、モーツァルトのようにある意味では街の生活の隅々にまで浸透して、そこに生きる人々にとって呼吸と同じくらい身についてしまっているものとは違っていて、やはりどこか身構えるものがあるのではないでしょうか。入念な考察、周到な準備と、乾坤一擲の気迫のようなものが必要なのだと思うのです。

ホーネックの演奏には、あきらかにそういう熱気を感じさせます。それでいて、いかにもというべきマッチョなベートーヴェンにならないのがウィーンの伝統なのでしょう。細かなフレージングに工夫と細やかで知的なこだわりがあり、ベートーヴェンの勇壮にも時代への歴史的な考察があります。優雅な静謐さにも作曲者の内的な省察が浮かび上がり、それでいて優雅な遊びをも忘れていない。

カデンツァは、シュナイダーハンによるもの。

シュナイダーハンは、戦前にウィーン・フィルのコンサートマスターを務めていたヴァイオリニスト。戦後、退団後はソリストや室内楽のリーダーとして活躍した。いわばホーネックの高祖父のようなひと。

シュナイダーハンのカデンツァとは、実は、ベートーヴェン自身がピアノ用に編曲した「ピアノ協奏曲」版のピアノ用カデンツァに基づいたもの。最近、ファウストやコパチンスカヤなど新世代のヴァイオリニストたちがこぞってこのベートーヴェン自身によるピアノ用カデンツァからヴァイオリンに逆引きしたカデンツァを使っている。シュナイダーハンのカデンツァとは、その嚆矢となるもの。ソリストの独壇場のはずのカデンツァにティンパニが加わるのは、ベートーヴェンのこの曲でのティンパニへのこだわりを主張する狙いがあったと思いますが、実際に、こうやって聴いてみると耳目を驚かすような遊び心があふれています。そういうウィーンの雅で知的な遊びを再発見させるような新しさが、このカデンツァから浮かび上がってきます。

あえて「ベートーヴェンのピアノ版による」とせず、おそらくシュナイダーハンの譜面をそのまま弾いたところに、ホーネックこだわりの温故知新のウィーンがあるような気がします。

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後半は、7番の交響曲。

ここにも、ウィーンの気風がみなぎっています。

しかし、それは決して、私たちが勝手にかつての巨匠たちを引き合いに出して懐かしがるようなウィーン伝統ではなくて、前半の協奏曲と同じように現役の生きた伝統のウィーンです。オリジナルの譜面に忠実な二管編成のオーケストラから表出する引き締まった現代的な音響のなかに、やはり、細かいフレージングや奏法のトリヴィアが満載されています。

第二楽章のアレグレットは、決して「葬送」のロマンチシズムやチョコレート菓子のような濃厚な甘さとは無縁で、ノンビブラートに近い奏法による対位法とテヌートの効いたリズミックな断片の執拗な繰り返しで、遠くから柔らかなステップで近づいてくる情景などには、古楽への憧憬の心が込められています。特に、フガートの細かな16分音符が始まると、その想いは頂点に達します。そういう父祖の音楽への憧憬は、何もブラームスではなくとも、ベートーヴェンも強く意識して作曲技法に活かしていたのだと気がつかされます。これも温故知新のウィーンなのでしょう。

コンサートマスターは、バラホフスキー。

この人が席に座ると、このスターオーケストラのKCOでさえ、音色が一変してしまいます。前半の協奏曲では、ホーネックは完全にアンサンブルをこの若いコンマスに委ねてしまっていました。トゥッティの場面でもオーケストラの方を振り返りはしても指揮はしません。その陰で、バラホフスキーが身振りで、時にはあからさまに弓を揺らしてアンサンブルをコントロールしています。その本質は、後半でも同じ。第一楽章の序奏部こそ、少しもたつきましたが、その後は、見事なまでに一体となった芯の通ったアンサンブルを聴かせてくれました。

ここまで来ると、ちょっと物足りなかったのが管楽器群。

最近では珍しくホルンに乱れがあったのはちょっと玉に瑕。木管群も個々の技量はもはや世界でもトップクラスだとは思うのですが、アンサンブルとしてはなかなかハーモニーのバランスが取れない。特にピアニッシモなど弱音側のダイナミックスに不満が残ってしまいます。バラホフスキーは、バイエルン放送響の少壮のコンサートマスターであって出色の存在ですが、管楽器にもこういう本場伝統のアンサンブルリーダーを招聘できないものかと、つい、無い物ねだりをしてしまう。それがこの夜の演奏のレベルの高さの証とも言えるのです。




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紀尾井ホール室内管弦楽団 第120回定期演奏会
2020年2月14日(金) 19:00
東京・四谷 紀尾井ホール
(2階センター 4列9番)

ライナー・ホーネック(指揮・ヴァイオリン)
紀尾井ホール室内管弦楽団
(コンサートマスター:アントン・バラホフスキー)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op. 61
(アンコール)ベートーヴェン:ロマンス第1番op.40

ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調 Op. 92 ブラームス:交響曲第2番ニ長調 Op.73

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