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2020年01月29日12:24

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ヴァイオリンの音色 (佐藤俊介ヴァイオリンリサイタル)

町田市成瀬のアートスペース・オー。その小さなサロンでのリサイタル。

小さなサロンで聴く音楽は、ちょっと特別の音楽体験です。間近な生音の持つ裸の音が聞こえてきて楽器の音がむき出しのままに迫ってきます。そういう楽器の性格や気質にかける演奏者のこだわりのようなものも直接伝わってきます。

今回は、モダンとヒストリカルの両刀遣いの佐藤俊介さんのリサイタルがここであるということで、とても楽しみにしていましたが、期待以上の面白さでした。

最初は、ベートーヴェンのとても珍しい曲。

初期の作品で、いかにも裕福な家庭の音楽という風の優美な音楽。楽しいけれど、はしゃぎすぎない。それが、ガット弦のしっとりとした音調によく合っています。

二曲目は、バッハの無伴奏ソナタ。期待に違わず、佐藤さんが手にしたのはバロック・ヴァイオリン。先に弾いたモダンとを両手に持って、その違いを事細かに説明してくれました。目と鼻の先に見ての比較は初めて。結局、ヴァイオリン本体はさほど大きな違いはないということ。一番の違いは「弓」なのだそうです。

そう言いながら、開演前からピアノの前にさりげなく置かれていたバロック・ボーを取り上げて弾き始めます。弓のしなりが逆方向というのは言われるまで気がつきませんでした。そのためにバロック・ボーは、弦に押し当てる力が優しく、弓先が細いこともあって音の持続が短いというのが最大の特徴。やや細身で、それだけ軽いこともあって、速く細かい動きが得意。

ともすれば荘重で厳粛なバッハというイメージが刷り込まれている私たちにとって、そういうオリジナルの楽器の演奏を聴くと、もっと軽やかな踊りのイメージに気がついて、はっとさせられます。ソナタでは、緩急の楽章交代とその対比がとても鮮やか。フーガでは細かい糸の織り目が顕微鏡でのぞくようにはっきりと見えて鮮烈でした。このサロンは残響はほとんどないので、かえってそういう触感が直接的に感じられます。

三曲目は、再びモダン・ヴァイオリンに持ち替えての演奏。生真面目な形式感覚のなかにも一曲目に通ずる優美さがあります。リースというのはベートーヴェンのお弟子さんなのだそうですから、なるほどです。

モダンと言っても、張られているのはガット弦。そのこともあってモダン楽器なのに優美で穏やかな感覚があるのでしょう。ピアノのスーアン・チャイさんも、実は、モダンとヒストリカルの両刀遣い。今回は、鈴木秀美さんのチェロとのトリオでの公演ツアーの合間を縫っての出演。ヴァイオリンはその公演の仕様のままなのだそうです。三人での公演では1916年製のベヒシュタインを使用するそうですが、さすがに、ピアノは持ち込んで弾き分けることができないので、サロン備え付けのYAMAHAのCモデルでヴァイオリンとのバランスを取るのが大変そうです。

そういうこともあったのか、佐藤さんは後半は、弦をモダンに張り替えて弾いてみましょうと言い出しました。おそらく、状況をみてのアドリブなのでしょう。

休憩後の後半。当然、楽屋で弦を張り替え、入念にチューニングをしてから登場するのだと思っていたら、佐藤さんは、「せっかくだから、皆さんの前で張り替えてみることにしました」と、目の前で作業を始めました。

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一番細く高い音のE弦は外して掲げて見せてくれます。テール側に金具をつけてスチール弦に張り替えます。スチールの場合は、この金具がないと止め板が痛んでしまうそうです。その金具のネジで最終的なチューニングをするとあっと言う間に出来上がりです。

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そのまま、その場で弾き始めたのがシューマンの幻想曲集。もともとはクラリネットのために作曲されたものですが、音色がぐっと多彩で豊かになります。たった1本の弦を張り替えただけで音の色彩や輝きが大きく変わります。交換した弦だけではなく、そのほかのガット弦の音色も変わってしまうのは、弦同士の共鳴や胴を伝わる響きのせいでしょうか。そのことを目の当たりにして驚いてしまいました。

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前半とは雰囲気が一変。ブラームスのソナタでは、ひそやかに秘めていた情愛がやがて愛の炎となって燃え上がるように、熱い熱い情念を歌い上げます。佐藤さんによると「地獄に堕ちるような」なブラームス。チャイさんのピアノも激しく熱を帯び、たった1本で変わるのは単に音量というだけではなく音楽そのものの表現さえも変えてしまうのだという驚きと興奮と感動で、思わず顔面が火照ってくるような思いさえしてきます。




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アートスペース・オー 第229回コンサート
佐藤俊介 ヴァイオリンリサイタル

2020年1月25日(土) 16:00
東京・町田 アートスペース・オー

佐藤俊介(ヴァイオリン)
スーアン・チャイ(ピアノ)

ベートーヴェン:モーツァルトの『フィガロの結婚』の「伯爵様が踊るなら」
          の主題による12の変奏曲(WoO 40)
J.S. バッハ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番ト短調BWV1001
                          (バロック・ヴァイオリン)
F.リース:ピアノとヴァイオリンの為のソナタ 作品38-3

R.シューマン:幻想曲集 作品73
ブラームス:ピアノとヴァイオリンの為のソナタ 第3番 作品108

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