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2019年12月21日10:20

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吹き抜ける峻烈な風  (外村里沙 ヴァイオリンリサイタル)

新進演奏家の魅力を紹介する紀尾井ホールの「明日への扉」シリーズ。そういう登竜門ともいうべきシリーズ。そういう場にもかかわらず、出演者はすでに巷では大評判となっていることが多い。そんなこのシリーズで久々に意表を突かれたように驚かされた新人の登場。ご一緒したUNICORNさんも大変な興奮ぶり。

そのニュー・ヒロインが、外村(ほかむら)理沙さん。

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プログラムは、シューマンに始まって、プロコフィエフ、そして、ショーソンの詩曲をはさんでのフランクと3つのソナタで構成される。これだけ意欲的なプログラムを組むのはなかなかのこと。

なかでもプロコフィエフが絶品とも言える白熱した演奏で素晴らしかった。

この20世紀モダニズムの傑作ソナタと、超ポピュラーな名作のフランクを並べるというのは滅多に見ないようだけれど、実は、その初演者であるダヴィッド・オイストラフとレフ・オボーリンが、奇しくもこの組み合わせで録音している。

これがおそらくこの曲の初録音だと思う。オイストラフは、スターリンの死の直後、1953年春にパリで大成功を収める。この録音は、その連続公演の合間を縫って米国ヴァンガード・レコードによって収録されたもの。

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この曲は、すぐさまシゲティやメニューインらによってしばしば取り上げられたけれど、やはり、白眉はこの初演者二人の演奏だと思う。オイストラフは、ショスタコーヴィチなど同時代のロシア作曲家の作品を積極的に受け止めて演奏した。決して、前述の二人に較べると、モダニズムの旗手でも超絶技巧派でもなかったと思うだけに意外だし、やはり、努力の人で人間的にもとても偉いヴァイオリニストだったと思う。

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このレコードを聴くと、あの時代の「戦争と平和」という気分をはっきりと感じ取ることができる。ヘンデルなどのバロックソナタを模した緩−急−緩−急の構成のなかで、そういう感情の対比を現したかったのではないか。第1楽章に現れる、弱音器で弾かれる6連符の速い走句を作曲者自身は「墓場を抜ける風」と呼んだそうだから、「戦争と死」のことは間違いなくあったのだと思う。終楽章でそれが再び現れて繰り返されるが、そこには終戦の安堵とか破壊への虚無感のようなものを感じる。同じフレーズでも気持ちが違う。同時代の初演者だったからこそ、曲への深い理解と共感を持ち得たのだろう。そういうところにオイストラフの凄さを感じる。

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外村さんは、驚異的な左手の正確さと高速技巧で、感情を弦にぶつけるような激しさで、この曲に潜む怒りとか恐怖とかの人間の内面をえぐり出す。そのテクニックには、しばし、唖然とさせられ息をすることさえ忘れるほど。さすがにオイストラフのような「戦争の影」は感じられなかったし、もう少し平穏さや美への憧憬などとの対比も欲しかったけれど、それは、運弓など右手の課題なのだと思う。それでも、最後の消え入るような終結までのハイテンションの持続は見事だった。まさに峻烈な風が吹き抜けたという感覚。

ピアノは、大御所・伊藤恵さん。

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リサイタル・プレーヤーとして活躍を続けながら、東京芸大教授、桐朋音大特任教授として後進の育成にもあたっている大先生。先だっても、NHKFMの特番「バックハウス変奏曲」にゲスト出演して大巨匠への敬愛を熱く語っておられた。その大先生が懐に大事に抱かんばかりに外村さんに付き添う。よほどこの若い才能に惚れているのだろう。

前半のプロコフィエフもそうだが、最後のフランクのソナタもピアノの役割が大きい。特にフランクは、ヴァイオリンとピアノの対話や相互主役を受け渡していく要素が大きいから、そういう互いの音楽の呼吸という面でも、外村さんはここで多くのことを学んだのではないか。堂々たる演奏で、若い才能を大いに楽しんだ。

ご一緒したUNICORNさんは、たまたまご自分のオーディオシステムのチューニングの詰めに、ここのところこの曲を聴き込んでおられたとか。それは、チョン・キョファとラドゥ・ルプーのデュオ。私も大好きなレコードで、若い頃はこればっかりを聴いていた。

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なるほどチョンの線は細く厳しく、まるで青磁の花器のように真っ直ぐで繊細。音色の美しいルプーもチョンの濃いめの情感に輪をかけてロマンチックで時として容赦なく感情をぶつけてくるから、オーディオの実力を測るにも最適だろうと思う。

最近、ドビュッシーのソナタをいろいろと聴き比べてみて、このレコードにも久しぶりに針を落としてみた。すると演奏もさることながら、ドビュッシーの方が録音も冴えている。UNICORNさんに、そのことを言ったら、まったくの同感をいただいた。そんなこんなで、時間が経つのも忘れるほどに杯を重ねた感想戦も楽しかった。
 
 
 
 
 
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紀尾井 明日への扉26
外村 理沙(ヴァイオリンン)
2019年12月16日(月) 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(1階 4列16番)

外村里沙(ヴァイオリン)
伊藤 恵(ピアノ)

シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第1番イ短調 op.105
プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ第1番ヘ短調 op.80

ショーソン:詩曲 op.25
フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 FWV 8

(アンコール)
サラサーテ:スペイン舞曲集より「サパテアード」op.23-2
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