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2019年12月06日12:12

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私を泣かせてください (ヘンデル・歌劇「リナルド」)

北区王子の北とぴあ国際音楽祭は、バロック・ヴァイオリン奏者の寺神戸亮さんが中心となって、こうしたバロック時代やモーツァルトの歌劇をピリオド楽器を使用した古楽アンサンブルで上演するというユニークな催しです。

久しぶりにそのメインイベントであるオペラ上演に足を運びました。基本は演奏会形式ですが、ステージ上のバロックオーケストラと演劇が一体となった簡易な演出によるオペラ上演というもので、その演出もずっと洗練されたものに進化しこなれてきて、とても楽しい上演でした。

「リナルド」は、ヘンデル初期の作品ですが、ロンドンでの初演は引き続き15回も上演され、イタリア時代にヴェネツィアで上演された「アグリッピーナ」に続く大ヒット作となりました。ヘンデルは、晩年を英国で過ごし最後はウェストミンスター寺院に葬られますが、そういう英国との深い関係には、当時の英国とドイツとの国家的因縁が関わっています。

ヘンデルは、前年の1710年、25歳の若さでハノーファー選帝侯の宮廷楽長に就任します。その領主ゲオルク・ルートヴィヒは、実は、後の英国王ジョージ1世その人だったのです。ヨーロッパの王位継承というものが、複雑交錯していて近代国家の枠を超えたものであって、これは「万世一系」の天皇家を国民統合の象徴としていただく日本人にはなかなか理解を超えたものがあります。

英国の王位は、イングランドとスコットランドの確執にカトリックとプロテスタントとの対立も相まってその経緯は複雑ですが、とにかく、ヘンデル渡英のその時は、名誉革命によってカトリック王ジェームス2世が追放され、その娘であるアンが初のグレートブリテン王国君主となったばかりでした。そのアンも子供を次々と失っていて、再び、王位継承が問題となりそれを巡って議会や国民世論の緊張は高まっていたのです。誰が継承するかによっては再々度のカトリック王復活もあり得るという事態となっていました。

そういう政治・世相のなかで、ヘンデルは、いわば、ハノーファー選帝侯ゲオルグ(ジョージ1世)の先遣隊としてロンドンに派遣されたというわけです。「リナルド」も、聖地エルサレム奪回の歴史劇ですが、それになぞらえてゲオルグこそプロテスタントを守る待望の人であり、そのゲオルグによる王位継承というハッピーエンドを喧伝するという、密かな暗喩を帯びていたというわけなのです。

つまり、異教徒に支配されている聖地エルサレムを十字軍の若き英雄リナルドの力で解放するというわけです。敵方の魔女アルミーダとちょっと怪しい関係にもなりかけ、敵エルサレム王アルガンテの浮気もありますが、最後、闘いに勝利し恋人アルミーナとの誤解も解けて結ばれ、めでたし、めでたし…というのは、このオペラのお話し。

このいささか不謹慎で、はらはら、どっきりの四角関係を笑い飛ばすような筋立ては、この頃のオペラの真骨頂でもあるのでしょうが、当時の王位継承をめぐる複雑な政争を揶揄しているということでもあるようです。現代のモラル観からは、そのストーリーには何だかなぁと思うところもあるのですが、舞台の面白さにどんどんと引き込まれてしまう楽しさがあります。

リナルドのクリント・ファン・デア・リンデは甘く柔らかなカウンターテナーで、その軟弱さは、到底、勇者には見えませんでしたが、後半に入ってどんどんと調子を上げていきました。敵将アルガンテのフルヴィオ・ベッティーニは、さすがのベテランで歌唱も演技もとても豊かで、古楽オペラのユーモラスな側面を感じさせながら全体をしっかりと締めていました。

ヒロイン・アルミレーナのフランチェスカ・ロンバルディ・マッズーリも、なかなかに魅力あふれていて、いかにもヘンデルのソプラノ。この歌劇の人気曲というだけでなく、ヘンデルの声楽曲としても最も有名な曲のひとつである「泣かせてください」の絶唱には会場の拍手もしばらく鳴り止まないほど。

素晴らしかったのが、魔女アルミーダの湯川亜也子。歌唱も身振りも大きく存在感のあるメゾ。国立音大卒業後、パリでバロックオペラを学んだ本格派ということで、本場のフランスで今が旬と活躍されているということに大納得の演技。

十字軍総大将ゴッフレードの布施奈緒子(メゾ)、その弟のエウスターツィオの中嶋俊晴(カウンターテナー)も、バロックオペラならではのジェンダーフリーの不思議さが漂いますが、とくに中嶋の狂言回しの役どころは、常に紅茶茶碗を持っているという演出の可笑しさ不思議さも相まって絶品でした。

印象深かったのが、演出とその最大のシンボルとも言える三人のダンサー。単にダンサーというだけでなく、心理描写の小道具としての額縁を保持する黒子役やその時々の兵士だの民衆だのという、いわばその他大勢の役柄を実に巧みに表徴させて、舞台の賑わいやスケール感を盛り上げていて、単なる振りも付いた演奏会形式というものから抜け出た上演様式の素晴らしい意匠になっていました。

もちろん、最大の立役者は寺神戸亮率いる古楽アンサンブル「レ・ボレアード」。例によって歌手と時々絡み合っての演奏者の素振りが客席の笑いを誘い、寺神戸もアルミーダと踊りながらのソロ演奏など、いつもの立体的な音楽劇の楽しさも満載でした。



フォト

ヘンデル作曲 歌劇「リナルド」
北とぴあ国際音楽祭2019
2019年11月29日(金) 18:00
東京北区王子 北とぴあ・さくらホール
(1階 D列28番)

指揮・ヴァイオリン:寺神戸 亮
演出:佐藤美晴
管弦楽:レ・ボレアード(オリジナル楽器使用)

出演:
クリント・ファン・デア・リンデ(リナルド)
フランチェスカ・ロンバルディ・マッズーリ(アルミレーナ)
湯川亜也子(アルミーダ)
布施奈緒子(ゴッフレード)
中嶋俊晴(エウスターツィオ)
フルヴィオ・ベッティーニ(アルガンテ)
ヨナタン・ド・クースター(魔法使い)
澤江衣里(シレーネ1)
望月万里亜(シレーネ2)  
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