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2019年11月11日11:46

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ごらん 満足のうちに (エマ・カークビー ソプラノ・リサイタル)

とても稀少で幸福なひとときを得たという満足感でいっぱいになりました。

私よりも2つ歳上。その現在でも演奏活動を続けておられるとは初めて知ったのですが、バロックファンにとっては憧れの女性ともいうべきエマ・カークビー。彼女が、来日して歌ってくれるというだけでうれしい。

そして、リュートのつのだたかし、バロックヴァイオリンの寺神戸亮ら、日本のそうそうたる古楽演奏家たちが集結するというのは、この「北とぴあ国際音楽祭」ならではのこと。こつこつと積み上げるように毎年続けられてきた、この古楽中心の音楽祭の幕開けにふさわしいコンサートでした。

声楽家というのは、器楽演奏家と違って、その華の盛りは、はかなく短いものです。指揮者やピアニストなどのように老い衰えた演奏家の演奏をいたずらに別格扱いすることは、声楽家に対してはまずあり得ないことだと思います。

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ステージ上に微笑みをたたえながらしっかりとした足取りで現れたエマ・カークビー。椅子に腰掛けての歌唱というのは初めて。でも、かたわらのつのだたかしとにこやかにうなずきながら歌い出すと、少しだけ猫背に見えた背筋もぴんとしっかり伸ばされて、声量こそは控えめなものの、その伸びやかで透き通った美声は往時そのまま。岩に腰掛けて歌う人魚姫か、あるいは女神セイレンをさえ思わせるような姿で、それだけでも満たされ癒やされるのです。

歌われるのは、ダウランドなどのエリザベス朝時代のリュート歌曲。日本で言えば、ちょうと近松門左衛門が活躍した時代。現代人からは考えられないほど、生死の刹那が日常の身近にあった時代で、その歌詞は驚くほど暗く、時には残忍なほどなのですが、ほとんどが男女の愛の歌。例えれば「死ぬほど愛している」ということなのでしょうが、そういう言葉が単なる修辞や常套句ではなくて切迫した生死の狭間に揺らぐ情念のように浮かび上がってきます。そういう歌を情感豊かに歌い紡いでいく。そして、その歌声がとても自然で心地よいのです。

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後半は、バロック期の作品を、古楽アンサンブルとともに歌っていきます。時おり、器楽のみの演奏もはさみながらの進行ですが、寺神戸らのベテランも若手も、日本の古楽演奏の層の厚みを感じさせてうれしい限りです。最初のヘイズの曲では、ナチュラルホルンのソロとの掛け合いで、演奏が終わるとこの曲だけが出番だったホルン奏者の藤田茉理里絵を讃えてエマ・カークビーも抱きつかんばかり。

プログラムは、ヘンデルも含めていずれもイギリスの音楽で、英語で歌われます。例外は、バッハの曲だけ。ここでは寺神戸のヴァイオリンとの美しい掛け合いが展開されました。そういう器楽との気さくな気持ちの交換が後半の暖かい雰囲気を作りだしていました。

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会場は、1300席の大ホールです。ごくありきたりのプロセニアム形式の多目的ホールですが、1階席の800席ほどは満席。さすがに2階席は使用せずクローズしていましたが、前半のリュートも地のままで後方まで届いていたようです。場末とまでは言いませんが、こうした高雅な古楽演奏の会場としては決して恵まれたものではありませんが、それだけに、終始、暖かく柔らかな眼差しで歌ってくれる憧れのエマ・カークビーさんがありがたく、会場の人々の敬愛の気持ちがこもった拍手が醸す雰囲気も格別のものでした。

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アンコールで「とてもとても短い、ダンスの音楽です。」と自ら紹介されて演奏されたのは、バッハの「結婚カンタータ」の「ジーグ」。合奏で始まり、合奏で終わる短いカンタータの終曲ですが、その中間部のアリアをステップを軽く踏みながら踊るように楽しそうに歌ってくれました。

♪ごらん 満足のうちに 幾千もの明るい幸福な日々に
   間もない将来に、あなたがたの愛が花をつけるのを ♪





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エマ・カークビー ソプラノ・リサイタル
北とぴあ国際音楽祭2019
2019年11月7日(木) 19:00
東京北区王子 北とぴあ・さくらホール

ソプラノ:エマ・カークビー
リュート:つのだたかし
バロックヴァイオリン:寺神戸 亮、迫間野百合、安倍まりこ
バロックチェロ:懸田貴嗣
チェンバロ/オルガン:上尾直毅
バロックヴィオラ:渡部安見子
コントラバス/ヴィオラ・ダ・ガンバ:櫻井 茂
ナチュラルホルン:藤田麻理絵
バロックファゴット:永谷陽子

【予定曲】
◆トマス・キャンピオン(1567-1620)
・リュートにあわせてコリンナが歌うとき When to her lute Corinna sings
・責めないでおくれ、私の頬を Blame not my cheeks
・従え、お前の美しい太陽に、不幸な影よ Follow thy fair sun, unhappy shadow

◆ジョン・ダウランド(1563-1626)
・流れよ、わが涙 Flow my tears
・悲しみよとどまれ Sorrow stay

◆ジョン・ダニエル(1564-1626頃)
・悲しみよ内にとどまれ Grief keep within

◆ジョン・ダウランド
・行け、透明な涙よ Go crystal tears
・さようなら、残酷な人 Farewell unkind farewell
・さあもう一度 Come again


◆ウィリアム・ヘイズ(1708-1777)
・メランコリー(《ザ・パッションズ、音楽のためのオード》より) Melancholy

◆ヘンリー・パーセル(1659-1695)
・嘆きの歌 (セミ・オペラ《妖精の女王》より) The Plaint

トリオ・ソナタハ短調

・詮索するな (セミ・オペラ《インドの女王》より ) Seek not to know

◆ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750)
・われら汝を讃え(《ミサ曲 ロ短調》BWV232より) Laudamus te

《オルガン小曲集より》 弦楽合奏編曲版 BWV600、BWV614、BWV612

◆ジョージ・フレデリック・ヘンデル(1685-1759)
・私は知っている、私を贖う方は生きておられる (オラトリオ《メサイア》HWV56より)
 I know that my redeemer liveth (from Messiah,HWV56)
 やさしきモルベウス(劇付随音楽《アルチェステ》HWV45より)

(アンコール)
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ
《しりぞけ、もの悲しき影》(結婚カンタータ)より
第9曲〈満足のうちに思い見よ〉Sehet in Zufriedenheit

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