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2019年08月28日18:46

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エフゲニー・オネーギン(松本フェスティバル)

小澤征爾の高齢化で、プログラム運営が不安定になってから、どんどん間遠になっていた松本フェスティバルに、今年は久々に出かけました。

前回は、『セイジ・オザワ松本フェスティバル』に名称変更した2015年でしたから4年ぶりということになります。その時の印象は、コンサートそのものには小澤さんの存在感がないのに、会場は掲示や店舗のグッズなどオザワ一色…というもの。小澤80歳のバースデー・コンサートがむしろ中心といってよいほどで鼻白むほどでした。その一方で、コンサートの演奏内容は驚くほど充実したもので、この音楽祭の質的な定着と今後の持続性に確かな手応えを感じさせるものでした。
 
今年はその時のファビオ・ルイージがピットに入り、チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」を振るというので、その初日を観ようと期待に胸を膨らませて松本まで足を運んだというわけです。
 
松本までは、車で直行しても4時間近くかかります。

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途中、茅野に立ち寄り、ちょっと用足しも兼ねて、ひと息入れることにしました。ランチは地元で人気のカジュアル・イタリアン。畑に囲まれた崖下にぽつんとある古民家を改造したレストランは、シーズン中は別荘族で満員。ピザも、カリッと軽く香ばしいクラストに本格的なベーコンの味わいが濃厚。緑豆をあしらったペペロンチーノ・パスタも美味しかった。

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松本に着いてから、開場までは少し時間の余裕があったので女鳥羽川沿いの縄手通りをぶらぶら。夕刻の開店を待って、すぐにレトロな洋食屋さんに入りました。プレシアターの軽い夕食は、三日三晩煮込んだというハヤシライス。

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会場のまつもと市民芸術館は、大変なにぎわい。ホワイエでは、いつものようにワインも振る舞われて華やかな雰囲気を演出しています。4層の本格的な歌劇場で客席数1800席というのは、東京の新国立劇場オペラパレスと同等の本格的なもの。この音楽祭無くしては、一地方都市にこれほどの規模のオペラハウスは考えられなかったと思います。

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設計は、幼少期から中学まで下諏訪で育ったという、日本を代表する建築家の伊東豊雄氏。正面ホールからホール入口まで導くホワイエが優美なカーブを描き、穴あき模様のような明かり窓のデザインは、銀座2丁目のミキモトを連想させます。
 
 
さて…
 
公演内容は、なかなか日本では体感できないような高いレベルでしたが、かなり残念な部分もありました。
 
そもそも、タイトルロールに予定されていたマリウシュ・クヴィエチェンが7月になって膝のケガのために降板してしまい、その代役としてレヴァント・バキルチが起用されたのですが、公演直前になって体調不良。このプレミアは、代役のそのまた代役の大西宇宙がステージに上るというドタバタ。
 
大西宇宙は、シカゴ・リリックオペラに所属するバリトンで、在米だけど日本でもしばしば公演してその人気と実力はよく知られていて、一部では当初のクヴィエチェンの代役の呼び声もあったほど。
 
私は初めてでしたが、出だしから安定した歌いっぷりで好演し、なるほどと思わせました。けれども、やはりドタバタの登壇ということなのか、やはり主役としてのオーラに欠けていて、演出になじみドラマ全体をリードしていくという風にならないのです。
 
重ねて不幸だったのは、第1幕途中で停電のために演奏が止まってしまったこと。
 
第一幕第二場が始まったばかりのところで、ピット内が突然真っ暗になり、演奏がストップ。舞台の演技がフリーズしてしばらくの沈黙。一瞬何が起こっているのわかりませんでしたが、ピットの照明のブレーカーが落ちてしまったとのこと。
 
15分の休憩を入れて復旧し、再びこの場面から再演。
 
ここは、タチヤーナの寝室の場面で、オネーギンに一瞬で恋に落ちたタチヤーナが眠れぬままに夜が白むまで一気に恋文を書き上げるという「手紙の場」。導入のオーケストラが、夜の深まりと醒めやらぬタチヤーナの秘めた感情の交錯を見事に歌い上げ、ヴィオラの仄暗い音色に心躍らせた瞬間の中断でした。再開直後は、どうしても、同じことの繰り返しということのせいか、気持ちが入らず先を急ぐ感じがあって心配になりましたが、タチヤーナ役のアンナ・ネチャーエヴァが、見事にドラマ最初の聴きどころである「手紙」を歌い上げました。
 
このオペラは、本当に胸キュン。

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この「手紙」の場は、青春の胸を焦がすような純粋な恋愛や憧憬と、夜も眠れぬほどの焦燥にあふれています。それだけに、その直後のオネーギンの酷薄な態度と仕打ちによる落差が際立つのですが、肝心のオネーギンにそういう酷薄さがないと、その落差が小さくなってしまいます。恋慕や憧憬の対象たり得る男子の、虚無的で周囲に無関心な冷淡さや、都会的洗練と裏腹のワルぶった魅力が欲しいのですが、残念ながら大西にはそういうものが欠けているのです。
 
そのことは、第2幕の「早朝の決闘」や第3幕のオネーギンとタチヤーナとの再会でも同じです。
 
オネーギンの虚無と酷薄さに振り回される親友レンスキーを演じたパオロ・ファナーレの「わが青春の輝ける日々」の熱唱には胸打たれましたが、決闘の思いも寄らぬ決着から受けるはずのオネーギンの衝撃がどうにも中途半端で、第3幕に至るまでにあったはずのオネーギンの悔恨の漂泊と無惨な零落ぶりが浮かび上がってこないのです。
 
だから、その物足りなさは第3幕の再会の場にまで及んでしまうのです。ここでのネチャーエヴァと大西の演技があまりしっくりとかみ合いません。タチヤーナの拒絶に秘められた、青春の記憶があえなく穢され矮小化されてしまうという運命の皮肉への絶望が見えてこない。自分がかつて冷淡に無視した田舎の少女に今や無惨なまでに恋に落ちるという無慈悲さへの身もだえも無いですし、あからさまな愛の告白と執着が繰り返されればされるほどに絶望するタチヤーナの気高い自尊心が見えてこない。
 
逆転のドラマや、演出の綾がいまひとつ。

そう感じたのは、ひとえに主役の二人のキャラが立たなかったから。脇役陣の好演ぶりが際立っただけに埋没気味。直前の代々役という事態で演出がなかなか浸透しなかったということなのかもしれません。
 
舞台は超シンプル。

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カナディアン・オペラのプロダクションで、メトロポリタン歌劇場でも使われたそうですが、第一幕第一場の枯葉の場面が目をひくものだったとはいえ、それだけに後半になるにつれ、倹約節約ぶりが目立ち、グランドオペラの眼福からはどんどんと遠ざかっていきました。

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それに引き換え、幕開けの少々雑然としたアンサンブルとそれに追い打ちをかけた中途での遭難から徐々に立ち直ったピット内のサイトウ・キネンは、尻上がりに調子を上げていきました。もともと2階席を選んだのは、ピットがよく俯瞰できて音がよく届くからのこと。そういうオーケストラとルイージの指揮振りを見たいという狙いは当たりでした。第3幕幕開けの「ポロネーズ」は豪華な響きでしたし、悲劇の幕切れへとひた走る悲劇的な運命の交錯のドラマの情感を大いに盛り上げてくれました。
 
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セイジ・オザワ松本フェスティバル
チャイコフスキー:「エフゲニー・オネーギン」

2019年8月20日 18:30
長野県松本市 まつもと市民芸術館・主ホール
(2階2列55番)

出演 
エフゲニー・オネーギン:大西宇宙
タチヤーナ:アンナ・ネチャーエヴァ
レンスキー:パオロ・ファナーレ
オリガ:リンゼイ・アンマン
グレーミン公爵:アレクサンダー・ヴィノグラドフ
ラーリナ夫人:ドリス・ランプレヒト
フィリーピエヴナ:ラリッサ・ディアトコーヴァ
トリケ:キース・ジェイムソン
隊長、ザレツキー:デイヴィッド・ソアー
合唱:東京オペラシンガーズ
ダンサー:東京シティ・バレエ団
演奏:サイトウ・キネン・オーケストラ


指揮:ファビオ・ルイージ
演出:ロバート・カーセン プロフィール
再演演出:ピーター・マクリントック
装置・衣装:マイケル・レヴァイン
オリジナル照明デザイン:ジャン・カルマン
照明:クリスティーヌ・ビンダー
合唱指揮:マルコヴァレリオ・マルレッタ
振付:セルジュ・ベナタン

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