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2019年01月16日23:44

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むかし女ありけり (コパチンスカヤ ヴァイオリンリサイタル)

血が沸き立ち、たぎるような興奮でした。

話題沸騰のヴァイオリニスト・コパチンスカヤのリサイタル。前日のトッパンホールでの公演はあっという間に完売で、ちょっとあきらめかけたのですがフィリアホールの公演のチケットはだいぶ遅れて発売になり、こちらは比較的容易に入手できました。平日の夜の遠征はちょっとしんどかったのですが、それだけのものはあったというわけです。

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プログラムもいかにもコパチンスカヤらしいラインアップ。昨年末にリリースされたばかりのCD("DEUX ふたり・ふたつ")のキャンペーンということのようですが、とても魅力的な曲が並んでいます。

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最初のプーランクから、早くも身体中が粟立つような緊張と、同時にわくわくするよな興奮を覚えました。とても自由で奔放な曲で、いかにもプーランクらしいパリのシャンソンのような俗っぽいけれどどこか気品のある美しい旋律がカスケードのように次から次へと流れ落ちていく。それをこれまた自由奔放にコパンチンスカヤが紡いでいく。一気に何もかもが終わってしまうかのような痛切な最後の幕切れに、会場はしばし凍りついたようになりました。

この曲は、アンダルシアのジプシーを詠んだ詩人ロルカへの追悼。ロルカはスペイン内戦中にファシスト政党によって銃殺されてしまいます。あの痛切な終結はそういうことなのですが、この曲は、飛行機事故で若くして悲劇的な死を遂げたジネット・ヌヴーによって初演されたという曲でもあるのです。

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コパチンスカヤの音色は、想像以上に音色が鮮やかで音量も豊か。しなやかで自在なのにとても直線的。ピアニストのレシェンコも素晴らしい。このホールのピアノがこんなにもがんがん鳴ってしかも輝かしくクリアに響くのは初めて。しかも低域がとても深く豊か。粒立ちが鮮やかで、しかも、打楽器的なスリリングさも感じさせて、このピアニストもただ者ではないと思います。

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コパチンスカヤは、椅子に座っての演奏。座ると履いていたスリッパのようなものを脱ぎ捨てて、例によって裸足での演奏。そのスリッパの見かけが便所のスリッパのようでちょっと笑ってしまうのですが、演奏が終わるとそれをつっかけての退場です。

2曲目は、急遽、プログラムに加えられたクララ・シューマン。音色は渋い暗いノンビブラートに急変します。それでも美音であることには変わりなく精神的な芯の強さと格調を感じさせるもので、クララの深みのある情熱をひしひしと感じさせるロマンス的断章。

その音色そのままに、間を置かずバルトークに突入します。

クララ・シューマンが挿入された真意はわかりませんが、あたかも前奏であるかのように、プーランクのラテン的な雰囲気を断ち切って中欧のバルトークへと見事なトランジッションになっていました。いかにもハンガリー・ラプソディという雰囲気で、ゆっくりとした序奏から徐々にテンポをあげていき、やがてミュート奏法からピッツィカートや特殊奏法を駆使した変拍子や不協和音の破調へと展開し、最後に一気に爆発するというのは、二楽章形式ですがむしろ日本伝統の「序破急」の三段構えのよう。その呼吸が、コパンチンスカヤとレシェンコが素晴らしいのです。

この曲は、バルトークと同郷の女流ヴァイオリニスト、イエーヌ・ダラーニによって初演されています。ダラーニとバルトークによるパリ初演で、譜めくりをしていたのがプーランクなのだそうです。プーランクは、この二人に強い感銘を受け、一方、ダラーニもプーランクに作曲してもらうことを強く希望したのだとか。

休憩をはさんでの後半第一曲は、エネスクのヴァイオリン・ソナタ。

後半は立っての演奏。コパチンスカヤは、やはりスリッパ履きで登場し、すっと脱ぎ捨てると裸足になって演奏するのは同じです。

大ヴァイオリニストだったエネスクは、ルーマニア出身で、民族色むき出しの「ルーマニア狂詩曲」が有名です。このソナタも副題に『ルーマニアの民俗様式で(in Romanian Folk Style)』とある通り、一般にはそういう民族色豊かに演奏されます。同じルーマニア民族の国家であるモルドヴァ出身のコパチンスカヤですから、さぞかし、そういう演奏でかぶいてくれるのかと期待したのですが、印象はまるで違いました。それはいわゆる「前衛」むき出しの演奏。変拍子や無拍子、調性があいまいで無調のような音階で、時には微分音まで登場します。特殊奏法もあらゆるものが繰り出され、それが挑戦的でもあり、また、決め鮮やかで華麗そのもの。

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この曲は、この日のプログラムと同じような構成のこのCDでよく聴いていたのですが、ピエール・バルビゼに学んだフランス派のこの新進気鋭のコルシアはずっと《ルーマニア風》で、コパチンスカヤの演奏に強烈なほどの《前衛》を感じたことに驚いてしまいました。バルトークらの《前衛》が、実は、民俗音楽歌謡や楽師たちの語法と密接に通じていたということをこれほどまでにあからさまに知らされたのは初体験です。

それは、最後の「ツィガーヌ」で炸裂します。

もうこれは、いままで、CD、実演を問わず、何度も聴いてきたツィガーヌとは全く違うツィガーヌ。それでいて最高に興奮させられます。ここかしこで、「あれ?こんな部分があったかしら?」「譜面通りに弾いているのか、アドリブなのか」と思わせるところがあるのですが、どうも、勝手に改変しているわけではないようです。それがものの見事に扇情的で、まさにツィガーヌ!

ラヴェルが、ダラーニに様々なジプシー奏法を実際に演奏することを懇請し、興奮のあまりついに一晩を明かして聴き続けてしまったという、この曲の作曲秘話を彷彿とさせる興奮のるつぼ。会場は爆発的な喝采で湧き上がりました。

このプログラムには、何人もの女の影がつきまといます。むかし、女ありけり…というわけです。

そういえば、シューマンの協奏曲が発見された当時、初演を争ったクーレンカンプやメニューインとともに、ヌヴーも初演を熱望したのだとか。クララは、シューマンやブラームスの作曲を支えた音楽家でした。シューマンの挿入はそういうことだったのかもしれません。それでもイエーヌ・ダラーニという女性の存在がプログラムを通じて終始一貫、最大の存在でした。

それでは、エネスクは、だれが女性として絡んでいるのでしょうか。…それは、やっぱり、コパチンスカヤ自身なんだと思いました。

アンコールでは、コパチンスカヤが脱いだスリッパを、レシェンコがこっそり取り上げて先に退場してしまい、コパチンスカヤが裸足のまま小走りで彼女を追いかけるように退場するというネタで会場を笑いの渦に。楽師の血を引き継ぐエンタテインメントあふれる彼女たちに拍手が鳴り止みませんでした。





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JUST ONE WORLDシリーズ《ただ一つの世界》 第20回
パトリツィア・コパチンスカヤ&ポリーナ・レシェンコ  ヴァイオリン&ピアノ
2019年1月15日(火) 19:00
横浜市青葉台 青葉区民文化センター ・フィリアホール
(1階 11列20番)

ヴァイオリン:パトリツィア・コパチンスカヤ
ピアノ:ポリーナ・レシェンコ

プーランク:ヴァイオリン・ソナタ
クララ・シューマン:ピアノとヴァイオリンのための3つのロマンスop.22 より
バルトーク:ヴァイオリン・ソナタ第2番 Sz.76,BB85

エネスク:ヴァイオリン・ソナタ第3番イ短調op.25 (ルーマニア民謡の特徴による)
ラヴェル: ツィガーヌ

(アンコール)
ギヤ・カンチェリ:Rag-gidon-time

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