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mixiユーザー(id:26825206)

2018年08月30日04:18

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グルジェフは、女性は男性を通してしか道を達成出来ないと 言っている。


グルジェフは、女性は男性を通してしか道を達成出来ないと言っている。


 質問

 グルジェフは、女性は男性を通してしか達成出来ないと言ったと

 伝えられます。

 女性エネルギーについて話して頂けますか?



 OSHOの答え


 そうグルジェフは、女性は男性を通してしか道を達成出来ないと

 言っている。

 そして彼は正しい・・彼の言っていることは正しい。

 なぜなら、女性エネルギーは男性エネルギーとは違っているからだ。


 これはちょうど、誰かが子供を産めるのは女性だけだと

 言っているようなもの。

 男性は子供を産むことは出来ない。

 男性が子供を誕生させることが出来るのは、女性を通してだけだ。

 女性の物理的構造には子宮が含まれているが、

 男性の物理的構造には子宮は入っていない。
 
 彼は女性を通じてしか子供を誕生させることは出来ない。



 同じことが、逆の形でスピリチュアルな世界での誕生に関して起こる。

 女性は男性を通じてしか光明を得ることは出来ない。

 ちょうどその肉体上の違いのように、

 彼女達のスピリチュアルエネルギーもまた異なっている。

 なぜ?それはなぜそうなのだろう?


 憶えておいて欲しい。

 これは平等とか不平等とかいうことの問題ではない。

 これは単なる違いの問題だ。

 女性は、直接達成することが出来ないからと言って、

 男性より低い存在という訳ではない。

 男性は、直接子供を産めないからといって、

 女性より低い存在という訳ではない。

 男性と女性は違うのだ!

 そこには平等とか不平等とかの問題はない。

 そこには価値評価は入っていない。

 男性と女性とはただ違っているだけで、それは事実なのだ。


 では、なぜ女性にとって直接光明に達することが困難なのだろうか?

 そしてまた、なぜ直接光明を得ることが男性には可能なのだろうか?


 覚醒に到る道は2つ、2つだけ、基本的には2つだけだ。
 
 1つは瞑想、もう1つは愛の道だ。

 ギヤナヨーガとバクティヨーガ、

 つまり、智慧の道と献身の道と呼んでも構わない。

 基本的には、道は2つしかない。

 愛には他者が必要だ、が、瞑想は独りでも出来る。


 男性は瞑想を通じて到達することが出来る。

 だから、直接到ることが出来ると言われるのだ。

 男性は、独りになることが出来る。

 男性は、深いところでは孤独な存在だ。

 孤独は、男性には自然にやって来る。

 女性にとって独りでいることは難しい。

 極めて難しい、ほとんど不可能なこと。

 彼女の存在全体が、愛への深い衝動 にかられている。

 そして、愛する為には相手がいる。

 相手がいなかったらどうやって愛せる?


 相手がいなくても瞑想することは出来る・・そこには何も問題はない。

 女性、女性エネルギー・・これは愛を通して、瞑想的な状態に

 到達する。

 男性エネルギーは、瞑想を通して愛に到る。

 仏陀が偉大な愛の力となったのは、瞑想を通してだ。


 女性には、これと正反対のことが起こる。

 女性は、その存在全体が相手に向かう衝動にかられている為に、

 瞑想することが出来ない。

 彼女は独りにはなれない。

 独りでいると、必ず惨めになる。

 だから、独りであることこそ至上の歓喜、

 独りであることこそエクスタシーなどと言っても、女性には

 理解出来ない。

 ところが、この独りで在るということへの強調は、世界中到る所で

 なされて来た。

 というのも、男性の探究者が多すぎるからだ。

 仏陀、マハヴィーラ、イエス、モハメッド・・彼らは全て

 孤独の中に入って行った。

 そして、その孤独の内でのみ彼らは到達出来たのだ。

 彼らが、その独りという 雰囲気を創り出していった。


 女性は、独りになると必ず苦しむ。

 もし愛する人がいたら、

 たとえマインドの中だけのことであっても、彼女は幸福だ。

 もし誰かが愛し、誰かを愛せたら・・周りに愛があると、

 それは彼女を養う。

 愛は滋養分、それは微妙な食物だ。

 愛が周りにないと感じる時には、

 女性は飢え死にしそうな、息が詰まりそうな感じになる。

 その存在全体が縮んでしまう。

 だから女性は、独り在ることが喜びに満ちているなどとは、

 全く考えることなど出来ない。


 この女性エネルギーが、愛と献身の道を生んだ。

 たとえ、それが神という愛人であっても構わない。

 生身の恋人を見つける必要は全然ない。

 ミーラ(インドの女性神秘家)にとってはクリシュナで充分だった。

 問題は全くなかった。ミーラにとっての相手は、充分存在した。

 実際にそこにいる訳ではない。

 クリシュナは一神話に過ぎないかもしれない。

 しかし、ミーラにとっては彼はいる。

 相手は存在している!


 その時には ミーラは幸福だ。

 彼女は踊り、唄うことが出来る。





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