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mixiユーザー(id:26825206)

2018年08月18日13:53

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非在が自分の唯一の実存になる






質問 

私はよく、孤立した、明け渡しを 

受け容れる為の安全な場所が欲しくなることがあります。 

邪魔されることなく、ますます深まっていく1日に数時間の瞑想です。 

私の理解では、大部分のヨーガのマスター達は、 

いったんクンダリーニが上がり始めたら、 

最終的にサマーディに落ち着くまでしばらくの間、 

この世から引き籠ることが是非とも必要だと教えていると思います。 

そうなったら本当にこの世の中にあって 

しかもこの世には属さないでいられる、と。 

あなたの教えはそれと違って、変容が起こっている 

その間も、この世に関わることを教えていらっしゃると思います。 

もしその通りでしたら、自分で明瞭に実在(リアリティ)を 

見るようになる前は、私はどうやってマーヤに 

散乱させられることを避ければいいのでしょうか? 



osho 


第一に、エゴは常に千とひとつの方法で孤立を求めるということだ。 

非常な金持ちになると、人は孤立する。 

政治的に非常な権力を持つと、人は孤立する。 

アドルフ・ヒトラーのような人間は孤独だ。 

ヒマラヤにいるヨーガ行者よりも孤独だ。 

彼には友人はいない。 

彼に匹敵する者は誰もいない。 

彼には関係というものはない。 

非常な金持ちは、ヒマラヤの頂上に達してそこで独りになる。 

このゆえに人は富を追い求め、このゆえに人は政治的権力を求める。 

エゴは常に孤立を追求している。 


独りになれば、残るのはエゴだけだからだ。 

エゴが全世界になる。 

そうなれば自分のエゴと闘う者はいない。 

自分に屈辱を味わわせる者はいない。 

自分と比較出来るような相手はいない。 

自分の目には自分が最高になる。 

自分のエゴを絶対に信じることが出来る。 

それをかき乱すようなものは何もなくなる。 

私は孤立には反対だ。 


実は、人はエゴを孤立させるのではなく、解体しなければならない。 

人は全体から独立した、分離した島になるべきなのではない。 

人は大陸の一部に、それとひとつにならなければならないのだ。 

孤立していて、どうして実在とひとつになることが出来るかね? 

実在は孤立することではなく、参加することを必要としている。 

最大のサマーディが孤立の中ではなく、愛の中で起こるのはその為だ。 


そしてヨーガの究極が愛であるのは、愛の中では、 

人は自分を解体しなければならず、愛の中では人は 

死ななければならず、愛の中では 

人は解体し、混ざり合わなければならないからだ。 


私は孤立ではなく、愛を教える。 


孤立は世間の道だ。宗教の道ではない。 

だがそれは起こる。 

あなたは富を、政治権力を、独占を求めて来ていた。 

そして失望する。 

それからヒマラヤに向かう・・この世を捨てる。 

あなたはエゴを捨てるのではなく、この世を放棄する。 

私はあなたに、この世を放棄するのではなく、 

エゴを放棄することを教える。 

エゴとは極めて微妙なものだ。 

政治的権力を達成することが出来なければ、 

宗教的パワーを達成しようとする。 

あなた達は、それをクンダリーニと呼ぶが、 

それでもそれはパワーであり、やはり人を 

分離した、ユニークな、独立した島にするものだ。 

もしあなたの宗教が権力の追求でもあるなら、孤立が必要になる。 

だが宗教とは、権力の追求ではない。 


それは沈黙を求める探求だ。 

それは平安を求める探求だ。 

それは内なる貧困・・ 

イエスが「霊において貧しい」と呼んだものを求めての探究だ。 

それは「在る」ことの探究、存在することと存在しないことに 

何の違いもないような、そのような在り方での存在の探究だ。 

非在が自分の唯一の実存になる。 

これは独立を通して可能になるものではない。 


これは、人が相互依存を理解して初めて可能になるものだ。 

次の3つの言葉を覚えておかなくてはならない。 

すなわち依存、独立、そして相互依存だ。 

依存が、あなたの実状だ。 

独立は、あなたが追求するものだ。 

相互依存が、私の教えるものだ。 

あなたが依存しているのは、 

いたるところであなたは自分が依存しているのを感じ、 

いたるところから制限がやって来るからだ。 

誰かを愛していたら、あなたは彼、あるいは彼女に依存することになる。 


いたるところで、生は依存をもたらす。 

するとこの世では決して独立することは 

出来ない、という考えが起こって来る。 

この世から逃げ出すのだ、と。 

人は逃げ出すことは出来るが、決して独立することは出来ない。 

ただ自分で騙されることがあるだけだ。 

たとえヒマラヤに行っても、あなたは独立してはいない。 

太陽にはやっぱり依存しているのだから。 


太陽が昇らなかったら、人はたちまち死んでしまう。 

あなたは酸素と空気に依存していることだろう。 

酸素が消えたら、人は死ぬのだから。 

あなたは水にも依存しているだろう。 

千とひとつのことに依存しているだろう。 

依存とは、理解しなければならないことで、避けるべきことではない。 

もしあなたが依存を理解したら、たちまちその背後に、 

相互依存が隠れていることを理解することだろう。 

依存とは、単なる誤解に過ぎない。 

あなたは間違った解釈をしているのだ。 

あなたは相互依存を、依存として解釈している。 


それは間違った観念であり、その間違った観念の為に、 


間違った欲望、どうやって独立するかという欲望が起こる。 


生は一体(ひとつ)だ。 



神とは、この一体性、、相互依存を表す為のもうひとつの名前だ。 




愛はさらにもうひとつの名前、しかも神よりももっといい名前だ。 





神は、神学者達が破壊してしまったからだ。 






愛はまだ純粋で、処女だ。 





(アート:nirav/Tadayoshi Arai)
(シャンタンさんに代わり、ヌクイノブアキが投稿させていただきました)
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