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2018年02月27日06:48

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人のことを気にしたり考えたりするな。そうでなければあなたは決して成長することができない。






人のことを気にしたり考えたりするな。そうでなければあなたは決して成長することができない。



osho


ゲオルギー・グルジェフが、
弟子たちに常に言っていた根本的なことの一つは、
「人のことを気にしたり考えたりするな。
そうでなければあなたは決して成長することができない」 
そしてこのことこそが今、
世界中で起きていることなのだ。
誰もが他の人たちを気にし、
どう思われるかを気にしている。
「お母さんは、お父さんはどう思うだろう?
世間の人は、社会の人は、
自分のことをどう思うだろう?」 
親ですら子どもを怖れている。
「彼らはどう思うだろう?」と。

このように人々は、
他人のそうしたことばかりを
気にして考えている。
もしそのように、
すべての人々からどのように
思われているかを気にしていれば、
あなたは決して真に
独立した個人になることはない。
なぜならあなたは
そうした人々のただの
寄せ集めにしかなれないからだ。
その結果、あまりにも
多くの妥協をすることになり、
とっくに自殺してしまっていただろう。

人は30歳には死んで、
70歳で埋葬されると言われている。
死は非常に早くに起きる。
私が思うに30歳というのも正しくはなく
死はそれよりも早く
大体21歳ごろ、
つまり法律と国があなたを
市民だと認めるとき、
それが人が死ぬ瞬間だ。
実のところそれが、
彼らがあなたを市民だと
認めた理由なのだ。

あなたはもはや危険ではない、
もう野生ではない、
あなたはもうまっさらではないのだ。
あなたの中ではすべてがきちんと
収まって、整えられ、
すっかり社会に適合している。
それこそが、
国があなたに投票権を
与える時だという意味だ。
国はもう、
あなたの知性が
破壊されたことを知っており、
あなたについて怖れることは
もう何もない。
あなたはもはや1人の人間ではなく、
一市民なのだ。

私自身の観察によれば、
人は大体21歳くらいで死ぬ。
その後は何があろうとも、
ただ死後の存在であるに過ぎない。
定義によれば、
機知に富んだ人とは、
困難から脱け出す方法を
知っている人であり、
賢者とは、
決して困難に足を
踏み入れない方法を
知っている人のことだ。
だから賢くありなさい。
根そのものを、
なぜ切ってしまわないのか?
そのためには信じないことだ。
そうすれば不信という問題はない。
そうなれば二元性は決して現れないし、
そこから脱け出す必要もない。
どうかそこへ入っていかないように。

真実は個人のものだ。
そして群集は、
真実など
そんなものはどうだっていい。
群集が気にかけているのは
慰めであり、
安楽なのだ。
群集とは、
探求者や冒険者、
また未知へと
大胆に踏み込む者たち、
つまり自分の生涯を賭けて
自分の人生と、
存在の意味や意義を
見出そうとする人々から
成っているのではない。
群集はただ耳ざわりのいい、
居心地のいい、
甘い言葉を
聞きたいだけなのだ。
そうすれば自分から
どんな努力をする必要もなく、
そうした慰めという
嘘の中で
寛ぐことができるからだ。

OSHO




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