昨日、岡田幸文さんの訃報が八木幹夫さんより届き、驚いた。
12月9日午前2時5分永眠。死因は、食道癌の末期だったとのこと。こちらも10月に食道癌の手術を受けたばかりなのでひとごととは思えない。
岡田さんにはびーぐる次号特集の原稿を依頼していて、依頼時(10月初め)には快諾の返事を得ていたのだが、先月20日に「体調を崩し、検査入院しています。この度は、申し訳ございませんが、書き上げることができません。」とのメールが届いたばかり。そのときは体調不良なんだなと思った程度で、まさかそのまま死に至るとは思いもしなかった。
岡田さんとは若い頃、夫人の山本かずこさんもまじえてよく会った。上京時に泊めてもらったり、我が家に泊まってもらったりもした。一緒によく飲み、ディスコに行ったりしたこともあった。この辺りのことは「びーぐる」38号の連載「セピア色のノート」に書いているので、よかったらご覧下さい。
よく会っていた当時(1980年代)、彼は「詩学」の編集長をしていた。退職後の1988年、詩書の出版社「ミッドナイト・プレス」を設立し、現在までその運営に携わっていた。90年代初め頃から、これと言った理由もなく次第に疎遠になったが、当時のことが懐かしく甦ってくる。ビートルズをこよなく愛していた。訃報をくれた八木幹夫さんによると、葬儀当日(12月14日)はジョン・レノンの曲でお見送りする予定とのこと。
岡田さんの詩集を探してみたら1冊だけ出てきた。1989年7月発行の第2詩集『アフター ダンス』。第1詩集の『あなたと肩をならべて』ももらっていたはずだが、これは探し出せなかった。
この第2詩集から1篇を記し、岡田さんへの追悼としたい。
私たちは踊る
ダンスミュージックだけが具体的な
私たちの踊りに形式はない
接続詞もなく転調する自由
「変わらない風景を見るのが好きです」
(あなた)たちの言葉が血のように流れている
血と肉とはすでに私たちを離れているのに
踊る理由がそこにある
アフター ダンス
音楽は止まらない
君の予言のように
(「アフター ダンス」最終部)
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