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mixiユーザー(id:26450852)

2020年02月04日12:20

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久松真一師にとっての「ニヒリズムの問題」

久松真一師にとって「ニヒリズムの問題」とはいかなる問題だったのであろうか。

久松真一師は、わたしが見る限り、「ニヒリズム」と大上段に構えた論文や講演録、講義録はない。しかしながら久松真一師にとっても「ニヒリズムの超克」は多花菜哲学的思索のテーマであった。

久松真一師は、西洋における犁無(ニヒリズム)瓩紡个靴董◆崚賤療無」と言って、西洋における犁無瓩有(存在 Being Sein)に否定的に対するものであるのに対して、「東洋的無」とは、有に対する無ではなく、有−無そのものを成立させる狆貊蠹無瓩△襪い廊狒和づ無瓩任△襪箸気譴拭

久松真一師は、仏教を猝疑析性瓩世噺世錣譴襦キリスト教における絶対者としての神の存在をむしろ否定するところに成立する宗教であるとされる。ニーチェの狄世六爐鵑性瓩箸いΕ縫劵螢坤爐亙教においては生じてこないとする。

しかし久松真一師もどこかで爛縫劵螢坤爐猟狭遶瓩鯡簑蠅箸気譴討い襦では、久松真一師にとって「ニヒリズムの問題」とはいかなる問題だったのであろうか。久松真一師にとって「ニヒリズムの問題」とは全くニーチェとの対決は無関係だったのであろうか。

そもそもニーチェにとって「ニヒリズムの問題」とはいかなる問題だったのであろうか。そのようなことを考えていくうえでもちくま学芸文庫版の『ニーチェ全集』は必要なのである。
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年02月07日 00:29
    数十年も前の話ですが、「現代の思想家はフロイト・ニーチェ・マルクスについて何らかのコメントを持ち合わせていなければならない」と聞いたことがあります。ひょっとしたらマルクスが別の人の名前だったかもしれません。ともかくその3人の中に「ニーチェ」が含まれていたのは確かです。

    キリスト信徒の私から見ても、ニーチェには洞察の鋭いところが随所に見られます。そして実際(ハイデガー含め)多くの"現代思想"家がニーチェについて一冊の本になるほど言及しています。私も思想家はスピノザとニーチェについては何らかのコメントを持っていないといけないと思います。当然に、思想に興味を持つ者としてニーチェは読まないわけにはいきませんよね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年02月09日 15:18
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    わたしもそう思います。

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