mixiユーザー(id:26450852)

2017年05月14日12:36

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自分の誕生日と猜譴瞭瓩重なって

今朝、携帯電話に母から早速電話がかかってきた。

「今日はおまえの誕生日で何か、送ってやりたいのだが・・・・・・」
という母からの電話であった。

「今日はぼくの誕生日であるとともに、母の日なので本当はこちらこそ、何か送ってあげないといけないのに、何もできなくってごめん」
と、わたしは母に告げた。

今日はわたしの57回目の誕生日とともに、猜譴瞭瓩任發△襦

これ待てわたしは自分の誕生日と猜譴瞭瓩重なることを嫌っていた。何か純粋に犲分だけ瓩鮟砲辰討發蕕┐覆い茲Δ糞いしていたのだ。

しかし今年は自分の誕生日と猜譴瞭瓩重なったことをうれしく思える。

母はよくわたしに、
「おまえとわたしは一心同体。二人で一人として頑張って生きていこう」
と言われ続けてきた。

中学三年の甲声受験拒否のときも、大学に残ることができなかったときも、障害者を理由に会社から退職勧奨を受けたときも、その他さまざまな困難な壁にわたしがぶち当たったときも、いつもそう言って母はずっとわたしのそばに居てくれた。

いつしかわたしは猜譴自分のそばにいてくれて当たり前瓩世隼廚Δ茲Δ砲覆辰討い拭ところが昨年の10月、わたしは牋貎擁襪蕕鍬瓩鯀択した。母から離れて生活することを選んだのだ。

母にしてみれば、わたしの牋貎擁襪蕕鍬瓩箸いα択に思いもよらないことであっただろう。母にして見れは、少なからずの爛轡腑奪瓩世辰燭里もしれない。だから正月、母がわたしの部屋に来てくれたとき、
「おまえはあんなにあっさりと一人暮らしをはじめてくれるとは思ってもみなかった」
という言葉になっていたのかもしれない。

しかしわたしがはじめて「手漕ぎ車椅子」で地下鉄だいどう豊里駅まで行けたとき、爐覆鵑澄⇔梢討篷絏搬欧汎欝錣靴討い榛△伐燭虔僂錣辰討い覆い犬磴△覆い瓩隼廚┐燭里盪実であり、それを母に告げると、母は爐瓦瓩鵑諭△瓦瓩鵑有瓩氾渡辰慮こうで泣いていたことがあったが、あの時の思いは今も持ち続けている。

だからわたしは今も「おまえとわたしは一心同体。二人で一人として頑張って生きていこう」という母の言葉のままに生きていると考えている。

そのような意味からも自分の誕生日と猜譴瞭瓩箸今年重なったことを嬉しく思えるのである。
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年05月14日 14:03
    ハッピーバースデー
    一昨年、母を亡くして亡くしてから母の大切さが、わかりました
    お母様を大切にしてくださいね
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年05月14日 15:03
    > mixiユーザー はい、母の存在の大きさは離れてはじめて実感することができました。大切にしたいと思います。

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