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2017年05月08日12:06

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<strong>狄爾す佑┐あっての発言には見えない。</strong>―「木村草太の憲法の新手(55)安倍首相の改憲表明 20年施行は幻想的目標」より

■首相の改憲発言「憲法審査会に一石」 萩生田官房副長官
(朝日新聞デジタル - 05月07日 11:16)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4560504

木村草太の憲法の新手(55)安倍首相の改憲表明 20年施行は幻想的目標
 5月3日の憲法記念日、安倍晋三自民党総裁は、都内の改憲派集会にビデオメッセージを寄せた。「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」とし、憲法9条1項、2項を維持しつつ、自衛隊の存在を明記する改憲を議論するという。これを憲法学的に検討してみよう。
 まず、政府は、憲法9条と自衛隊についておおむね次のように解釈してきた。憲法9条は、自衛権行使も含め、あらゆる武力行使を禁じる文言に見える。しかし同時に、政府は国民の生命・自由を保護する義務を負っている(憲法13条)。したがって、そのための必要最小限度の武力行使と実力の保有は、憲法9条の文言の例外として許容される。
 安倍総裁の提案は、こうした政府解釈を明記する憲法文言の変更であり、内容は現状維持だと言う。もっとも、自衛隊明記の改憲発議といっても、2種類の方法が考えられ、それぞれ意味が異なることに注意が必要だ。
 第一は、自衛隊の任務を個別的自衛権の行使に限定し、集団的自衛権の行使を認めない改憲発議だ。
 これは、2014年の閣議決定前、すなわち、集団的自衛権を限定容認する以前の政府解釈を明文化するものとなる。この解釈は、国民にも広く支持されており、ある程度、可決の可能性もあろう。
 しかし、これが国民投票で可決されれば、集団的自衛権の行使を限定的にとはいえ容認した、15年安保法の違憲性が明白になってしまう。これは、現在の与党には受け入れ難い改憲であり、そんな発議はしないだろう。
 第二は、集団的自衛権まで含めた改憲発議だ。これが可決されれば、15年安保法制に対する違憲の疑念は払しょくできる。
 ただ、そもそも15年安保法制の言う「限定的な集団的自衛権」とは何なのかは、いまだに曖昧模糊(もこ)としている。それを適切に憲法の条文として定めることは、ほぼ不可能だろう。
 かといって、もしも適切に限定しないままに集団的自衛権を認める文言にすれば、集団的自衛権行使に憲法上の歯止めがなくなる。これには、世論の反対があまりにも根強く、可決は困難だろう。この提案が否決されれば、安保法制が国民投票で否定されたことになる。そうなると、政府・与党にとっては大打撃であり、こちらの改憲発議も、極めて難しい。
 さらに、改憲発議には与党の議席だけでは足りず、少なくとも維新の会の賛成が必要だ。しかし、維新の会は、集団的自衛権の行使容認について、日本の防衛活動を行う米軍等防護の範囲に止めるべきとしている。ホルムズ海峡等での軍事作戦にまで自衛隊の活動範囲を広げる与党とは考え方が違う。維新の会まで含めた合意形成には、かなりの時間がかかるだろう。20年までに改憲というのは、ほとんど幻想のようなスケジュール設定だ。
 こうしてみると、安倍総裁の提案は、政府・与党の立場から考えても極めて困難だ。深い考えがあっての発言には見えない。憲法改正は、国民の熱望があってこそ実現するものだ。自民党が改憲を本気で望むなら、徹底的に国民の声に耳を傾けるべきだ。 (首都大学東京教授、憲法学者)
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上記は、昨日の沖縄タイムスに掲載された、「木村草太の憲法の新手(55)安倍首相の改憲表明 20年施行は幻想的目標」の全文である。

わたしがこの記事のなかで最も重要視したのは、

狄爾す佑┐あっての発言には見えない。

と、木村草太氏が安倍晋三の憲法改正への提案を切って捨てているところである。

安倍晋三は、憲法改正を自身の最大の政治課題としており、これまでにも度々憲法改正を口にしてきた。

そうして「日本会議」等の右翼団体からすれば、安倍晋三内閣はまさしく犒法改正をするための内閣瓩砲曚ならない。安倍晋三が日本国の総理大臣であり綴られるのは、まさしく安倍晋三が憲法改正をすることにしか、その根拠がないのである。

しかし安倍晋三は、憲法改正をしてどのような国家を目指しているのか、その国家像も国家ビジョンもまったま明確にしていない、いや、明確にする能力がないのである。ただただ、爐爺さんができなかったことをやりたい瓩修了廚い世韻覆里任△襦

では、「日本会議」が目指す国家像とは何か。それは戦前の狹傾長餡函ζ本瓩任△襦

先日、HNNKスペシャル『日本国憲法 70年の潮流 〜その時、人々は〜』のなかで「日本会議」の若い男性メンバーが「自分たちの国は自分たちで守ろう」といいながらビラを配っているシーンを見たが、あの男性が語る、「自分たちの国は自分たちで守ろう」とは一体どのように意味なのだろうか。

「日本会議」は、そもそも「日米安全保障条約」をどのように考えているのであろうか。「自分たちの国は自分たちで守る」といった場合、自分たちの国のなかに他国の軍事基地があること自体、おかしなことになってしまう。そうなると、「日本会議」は必然的に「日米安全保障条約の破棄」を明確しなければならない。しかし「日本会議」はそこまでの踏み込んだ発言は全く聞こえて来ない。では、あの男性の「自分たちの国は自部論たちで守ろう」という言葉は爛Ε臭瓩鮓世辰討い襪海箸砲覆襦

いや、もっと言えば、犲分たちの国は自分たちで守る瓩噺世辰疹豺腓痢△修亮蕕衒である。何かしら国を守る守り方は猊靂廊瓩任靴守れない犧覚瓩亡戮辰討い襦昨日のTBS「サンデーモーニング」で鈴木邦男氏が「強い国家となることで自分も何か強くなった錯覚に陥っている人が多い。しかし国家が強くなるということは、その分わたしたち国民の自由度が制限され、和知氏たち国民はより弱くなってしまう」と語っておられた言葉がとても印象的であった。

狄爾す佑┐あっての発言には見えない。

これが木村草太氏の安倍晋三の憲法改正提案に対するコメントである。わたしも同感である。なぜなら、何度も繰り返すが、安倍晋三からこの日本という国家をどのような国家にしたいのかという国家像や国家ビジョンが全く見えて来ないのである。

本来、憲法改正とは、この国家をこのような国家にしたい、だから憲法改正が必要だという犲蠱吻瓩箸ないはずである。ところが安倍晋三は完全に憲法改正を猝榲化瓩靴討い襪里任△襦そこに安倍晋三の狡譴寮さ瓩見えてくるのである。


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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年05月08日 13:44
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    全くそうですね。

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