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2015年07月30日10:44

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だからこそわたしたちは行動すべきなのだ―鶴見俊輔氏の「政治を論じられてはじめて市民になるのだ」と日本社会における民主主義の成熟度

■デモに参加すると就職に不利? 「人生詰む」飛び交う
(朝日新聞デジタル - 07月30日 05:17)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3541037

わたしが大学に入学した1979年は、大学の構内からは、完全に学生運動の雰囲気は消え去っていた。そしてわたしたちの中では、狎治を論じることは怖い瓩箸狎治を論じることはダサい、格好が悪い瓩噺世辰辛潮が広まっていた。

わたしの恩師・西谷啓治先生は、わたしにカント哲学を専攻することを強く勧めた。というのは、ヘーゲル哲学を専攻すると、いずれカール・マルクスの哲学に辿り着き、政治運動に走る危険があるからだと考えられていたと聞く。わたしは、カント哲学を専攻したが、障害者解放運動という犲匆餘親悪瓩亡悗錣襪茲Δ砲覆辰討い辰拭そこで得た犲分が動かなければ何も始まらない瓩箸い思いは、それ以降のわたしの人生を大きく変えるきっかけ、ヒントを与えてくれたと考える。

もう一人の恩師である原野栄二先生は、「学生が政治を論じられないようでは学生とは言えない」と、よく語っておられた。学生の特権とは自由に政治を論じることだともよく語られた。原野栄二先生の門弟の中には、60年安保の歳、「岸信介を殺しに行く」とまで過激なことを言い出した人もいたと聞く。原野先生の自宅は、それほど、熱く政治を論じる場所でもあったようだ。

テレビでは、安保法案に反対する学生たちが国会前で連日デモを行っているようだ。また学生たちが自分の大学の教室の一室で「日本国憲法と集団的自衛権」とか「砂川事件」等を数人の仲間内で自主的に勉強会を開いてたり、あるいは高校の授業ま一環として、「集団的自衛権行使容認」に犹神派瓩鉢猗紳佛畢瓩箸北魍篳担をして、それぞれの立場からディベートの学習を行ったりしている様子が報道されたりしている。

安保法制とは、それほど大学生にとって身近に感じられる危機感があるのかもしれない。それは自分たちの世代になったとき、「日本が戦争をする国」になっているかもしれないという恐れであり、「徴兵制」が再び惹かれるようになるという危機感を身近に感じられるからなのだ。

安倍晋三は「徴兵制」に関しては、狎簑个豊瓩△蠅┐覆い箸いΑなぜならば、安倍晋三は、「 憲法解釈上、苦役に匹敵する。議論の余地はない。徴兵制はいわば憲法違反になる」と、語っているが、その言葉を一体誰が信じることができるであろうか。現時点ではいくら犒法違反瓩謀たるとしても、憲法解釈の変更で、憲法違反だと言われてきたことも憲法違反ではなくなるのだ。そのことを安倍晋三自身がそのことをやってのけたではないか。それほど、安倍晋三が行った行動は国民に政治不信と政治不安を与えたのだ。それほど罪深い行動なのだ。

先日亡くなられた哲学者である鶴見俊輔氏は、「政治を論じられてはじめて市民になるのだ」と語られたという。日本国民はようやく鶴見俊輔氏のいう犹毀鵜瓩砲覆譴燭里もしれない。今回の学生を中心とする安保法案反対のデモは、今までのデモとはかなり性格を異にして、市民一人ひとりの自主的な行動によるものだとされる。それほど、安保法案に国民は危機感を抱いているのだ。しかしその国民の声は政治家には届かない。そこに日本政治が真に成熟していない側面が大きく見られる。日本社会における民主主義の限界が見られるのである。だからこそ、わたしたちは行動すべきなのだ。


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