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2020年05月27日21:09

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司馬遼太郎

『重太郎(竜馬の兄。引用者註)の攘夷思想は、当今はやりの水戸学から来たものである。神州思想というやつだ。一民族の居住地を神の縄張りとみ、神聖とみ、異民族が足を踏み入れると穢れる、という土俗思想は、なにも日本に限ったことではない。ニューギニアの未開人にさえある。古い時代、ヨーロッパにもあった。
水戸学は、この土俗思想を調味料として、……思想というよりも、宗教味を帯びていた。この宗教的攘夷思想が、幕末一般の思潮である。
宗教的攘夷論者は、桜田門外で井伊大老を殺すなど、維新のエネルギーにはなったが、維新政権はついに彼らの手に握ることはできなかった。しかしその狂信的な流れは昭和になって、昭和維新を信ずる妄想グループに引き継がれ、ついに大東亜戦争を引き起こして、国を惨憺たる荒廃に陥れた。
常識で考えても敗北と分かっているこの戦を、なぜ陸軍軍閥はおこしたか。それは、未開、妄信、士臭の強いこの宗教的攘夷思想が、維新の指導的志士にはねのけられたため、昭和になって無知な軍人の頭脳の中で、息を吹き返し、それが驚くべきことに、「革命思想」の皮をかぶって軍部を動かし、ついに数百万の国民を死に追いやった。昭和の政治史は、幕末史よりもはるかに愚劣で、蒙昧であったといえる。』(「竜馬がゆく」文春文庫 司馬遼太郎)

その維新が、現代風にアレンジというか、ゆがんだ形で出てきている。昭和史より「はるかに愚劣で、蒙昧で」、大阪の豊かな到達点を、「革命的」に掘り崩そうとしている。
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