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2020年05月27日16:38

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カルマとか、輪廻転生とか、因果応報とかについて 問題提示から結論

問題提示

 

 支配層は、従順に なるように仕向ける。

 馬鹿に馬鹿とは言ってはいけないとか。

 カルマで、因果によって自分に返ってくるとか。

 馬鹿が悪いのではなく、言った人が悪くなるのか。

 そんなことを黙っていたら、困らないか。ただそれは、逆らってはいけないと言っているだけではなか。

 従順というか、大人しくしたいだけではないか。

 怒っていはいけないとか、禅問答の「危ない危ない」ではないか。

 自分に都合の悪いことを言われているような気がすると、そう思うのかもしれないが。

 しかし、それにカルマなど絡められると、昔の宗教のように、信仰を強制されているような気がするのだが。

 自分の心に沸いた、この矛盾に似た、感覚は、訳が分からない。
 
 これが問題提示と言いうものなのか。

 やはり、従順になることを要求する。

 従順の反対語対義語は自由ではなく強情だ。

 自由の反対は不自由。哲学的ではない。

 自在。観自在。禅宗の言葉。悟り。十牛で五。束縛されては進みずらい。


 カルマにも縛られず。

 生きとし生けるものすべてを救済する。

 大悟、大志の。

 カルマ!?ああ!!

 それがあろうがなかろうがそれがどうした。そんなことはどちらでもよい。

 進化には、進まねばならない。カルマでさえ消していかねばならないという。

 そう言っているではないか。

 何を矛盾と思い立ち止まっていたのか。

 「悪いけど、カルマにかまっていられないのだ。愛する人がいるのだ。」となるのだろう。

 さらに言えば、カルマを要求すればするほど前へ進まなければならない。報いなければならない行為であるのだから。要求されればされるほど、時間軸は前へ進まなければならないのである。

 もっと言えば、要求されようがされまいが、それが人間の転生の原因なのかもしれないのだから。

 カルマそのまま、ありのままだ。
 悟って五、行為、カルマなのだから。

 カルマ云々は、背中を、押してくれているようなものだ。過去を振り返っても、過去がそのままあるだけで解決はしないのだから。

 南無阿弥陀仏を唱うれば云々。
 解脱。
 愛。

 何はともあれ、過去は変わらない。進化でも、進歩でも構わない。進むしかない。

 輪廻転生でも、因果応報でも進まなければならない。


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