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2020年06月02日12:21

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ホーリー・モーターズとグッバイ、サマー



『ホーリー・モーターズ』と『グッバイ、サマー』おもしろかった。シネマである。『ホーリー・モーターズ』、ゴダールが映画史、ダネーがトラフィック誌でやってるようにシネマの考察を再分析するセンス。虚構と現実の曖昧さ、とかではなく、シネマそのものを言及している。ノワール、マックスモンアムール、顔のない眼、フリークス、放浪紳士になる前の唾を吐きかけたり罵声を浴びせたりするチャップリン、サンセットブルーヴァード、マレーに遡りゲームへとも繋がってゆくアニメに、アクトにポルノにイコン、と偏ってはいるが。アイコンはアレックスとカラックス、そしてフィルムにインデクスされるムーヴのすべて。たぶん観るの3度目だけど、今回が一番おもしろく感じられる。少年と自転車が出るだけでトリュフォーと言ってしまっては罰当たりになるが、ゴダール的ホーリーに比して『グッバイ、サマー』はそれっぽい。フランス映画には子供たちや寄宿舎を描いた映画が星の数ほどあるから、そうした文脈での1作品で、ラストの切なさもアメリカ映画にはないフランス映画っぽい切なさ、ほろ苦さで、前回観たときはそこがイヤだったけれど、通過儀礼で男になったのかな、そして彼女の言う無限、、エターナルラヴ。切なさあるFINへの流れ、ゴンドリーは今作ではフランス映画の伝統を保たせ表現しているのヤルなとなる。彼はまた50年代S Fでもバンドデシネでもルーカスでもなく、ただひたすらメリエスへの愛を貫いている。でもラモリスと地下鉄のザジへの想いもまたある。カラックスもゴンドリーも動きと心動かせられるという、シネマのムーヴでの大事なところをありのままに出している。シネマである。








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