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2020年03月19日20:58

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「出来事」

読書日記
「出来事」
吉村萬壱 作
(鳥影社)

いつのまにか世界はニセモノにすり替えられている。果たしてそれは脳内の齟齬なのか現実なのか?しだいに壊れていく日常が痛々しい暗黒小説。

先に読んだ「回遊人」とほぼ同じ設定なので、ひょっとしてこちらのほうが更に作者のやりたかった仕上がりになっているのではと思って読んだ。
冒頭から3章は前作と同じような人物が出てくるが、男はこの世界がニセモノだと感じている病的な設定。しかし妻は色情狂だし実弟は野人のような体の人間で、3者の言い分が食い違うところはなにがほんとうの現実かわからず幻想文学のような味わい。
ところが人物が隣人の主婦とその娘家族に移って行くとその味わいは変わってしまう。なにやら感染症のために閉鎖された地区があるらしく、感染症をめぐってドラマは尻上がりに緊迫し社会はパニック状態になっていく。これで正常な主人公が危機を脱出するべく頑張っているとSFエンタメのごとく安心して読めるのだがそうはならない。まともな大人はいないのである。

全編不気味なまま進行し気持ちの抜けるところがなく、人間のいやな部分が数珠つなぎとなった印象。執拗で異常なセックスや残酷で痛々しい暴力などが容赦なく描かれ、なかなかに読み進むのがキツかった。
この世界がニセモノであるという感覚は感染症に罹患したからだとはっきりと書かれていないところが良い。本当の世界の残酷さに人は耐えられず、頭の中で世界を作り上げることで成り立っているというのは重要なテーマだが、そんなテーマ小説として読む必要はない。小説は味わうものだから、ただ日常に侵略してくる暗黒を味わえばよいのだった。
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