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2009年11月29日06:37

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筆名(ペンネエム)に就いて

 この作品を讀む時に、この音樂を聞きながら鑑賞して下さい。
 これは自作(オリジナル)の

 『Motion1(JAZZ風に) 曲 高秋 美樹彦』

 といふ曲で、YAMAHAの「QY100」で作りました。

 映像は和歌山懸にある、

 『熊野』

 へ出かけた時のものです。

 雰圍氣を味はつて戴ければ幸ひですが、ない方が良いといふ讀者は聞かなくても構ひませんので、ご自由にどうぞ。






          筆名(ペンネエム)に就いて


 二葉亭四迷が、

 「くたばつてしめえ」

 といふ、所謂(いはゆる)江戸辯(えどべん)といはれてゐる東京の下町の言葉から、暗示(ヒント)を得られた筆名(ペンネエム)だといふ事は有名で、しかも、それが文士になる事を父親に反對(はんたい)された時の文句であつたといふのは、筆名といふものを考へる上で、非常に象徴的な出來事であると言はねばならないだらう。


 何故かといふに、

 「文士は男子一生の仕事に非ず」

 といふ風潮が當時(たうじ)は強かつたからで、穿(うが)つた見方をすれば、二葉亭四迷もさういふ氣風が心の何處(どこ)かにあつて、それが本名で執筆しなかつた理由かも知れないからである。


 これは、或る友人とも話した事があるのだが、その彼も昔は大層な筆名があつて、それを使用する事にある種の快感を覺えたものだが、今ではそれが新聞の匿名記事のやうで、何か卑怯な氣がしてならないし、また、最近は新聞もその事に氣づき始めたのか、次第に記者の名前を明らかにする傾向にある、とも言ふのである。


 しかし、筆名(ペンネエム)といふものが、以上の理由で輕視されなければなれないとしたら、それは一寸待つてくれと言はなければならないだらう。
 一體(いつたい)、筆名といふものは明治以前に使用された形跡は、稀ではないかと作者は考へてゐる。
 といふのは、それ以前に日本で幅を利かせてゐたのは、「號」といふ雅名で、これは短歌とか發句や水墨畫などに多く、大抵は姓を弄(いぢ)らず、専(もつぱ)ら名の方に限られてゐた。


 例へば、俳聖といはれた芭蕉は「桃青」とも號し、「芭蕉庵桃青」
などともいふ事があるが、實(じつ)はいづれも雅號で、姓は「松尾」であり、「松尾芭蕉」といふやうに姓だけは變へてゐない。
 この姓を變へない處(ところ)に「號」の特徴がある、と言つても過言ではないだらう。


 この「號」といふものの元を正せば、恐らくは「通り名(通稱)」といふもので、古來、日本人には實(まこと)に複雜な人名史があつて、「實名敬避」の習慣があつた。


 少し詳しい事を述べると、今日では考へられないが、日本人の一生は「幼名」に始まつて、「實名」を名乘り、人からは「通稱(つうしよう)」で呼ばれるのが當然の時代があつたし、そこに「官名(くわんめい)」さへ加へてゐたのである。


 例を示せば、

 「源氏九郎判官義經」

 の「源氏」が姓で、「九郎」は通稱若しくは「排行(兄弟の順位によるもの)」とも言ひ、「判官」といふ官名の後に、「義經(よしつね)」といふ實名を竝べてゐる。


 「幼名」は、有名なところでは「竹千代・吉法師・牛若丸・日吉丸」などがあり、一人前でない庇護すべき對象(たいしやう)を示す爲に生じたもので、今日の未成年を保護する法律と、同じ意味合ひのものだと思へば良いだらう。


 「實名」は元服に達した時に與(あた)へられ、それは今日の成人式と考へると解り易い。


 更に、「通稱」には「本氏」といふものがあつて、これは、

 「本郷平八郎」

 の「平」は、桓武平氏の末裔である事を示してゐるし、
 「實名」には「通し字」といふものもあり、これは祖先の一字を傳襲するもので、「義」とか「滿」とかの一字を、必ず名前に使用する事などを指してゐる。


 又、何故「實名」を呼ばずに「通稱」で呼ばはつたかといふと、それこそが「實名敬避」といふ習俗によるもので、これは未開の時代に、人と名前とは一身同體だと思ふ意識が強く、實名で呼ばれると呪ひがかかると考へられ、名前を呼ぶ事の出來ない不便さを打開する爲に考案されたのが、「通稱」といふ譯である。


 現代に於いては、眞逆(まさか)「實名敬避」といふ習俗で筆名(ペンネエム)を考へる人物はゐないであらうが、心を新たにするといふ意味では、筆名こそがその効力を有利にするものだと考へられる。


 イエスが「基督(キリスト)」と呼ばれ、シツダルタ王子が「佛陀(ぶつだ)」と呼ばれる事によつて、非凡な存在となつたやうに、我々凡人も筆名(ペンネエム)を持つ事によつて、偉大な存在となれるやうに錯覺する事で、傑作が生み出せるかも知れないのである。


 かう言へば、

 「なんだ、筆名は單なるハツタリの道具に過ぎないのか」

 と思はれる讀者もをられるだらうが、ハツタリを莫迦にしてはいけない。
 芥川龍之介も言つてゐるではないか。

 『芭蕉は大山師であつた』

 と。


 さて、筆名の面白い處では、作家の

 「半村良」

 のものが、ちよいと樂しく、

 「イイデス・ハンソン」

 の支持者(フアン)だつたので、その名前から、

 「イイデス=良(いです)」
 「ハンソン=半村」

 といふ具合に筆名をつけられた、と何かに書いてゐたやうである。


 筆名に纏(まつは)る話はこれに似たやうな事が多く、紫不美男氏などは、「源氏物語」の作者紫式部からその筆名を考へられたのか、と人から言はれて、

 「いや、こりやまた、氣がつかなかつたなあ」

 とびつくりするぐらゐであるから、本人はその名前が、どれだけ由緒正しいかをさへ知らなかつた事になる。


 さういふ意味でも、筆名といふものを考へるのは、なかなか樂しいもので、一般では筆名を「號」と同じやうに、名だけを使用して姓を變へない人や、そのいづれもを變名してしまふ人もあるが、どちらにしても、その姓を調べて見ると、詰り、「號」のやうに本姓を名乘るのを別にすれば、その人物の地域や出身地といふ、地名を姓として名乘るのが壓倒的(あつたうてき)に多いのが特徴で、その由来の使用頻度の順位を掲げるとすれば、

  一位、 「號」のみで本姓を使用。

  二位、 「號」と地名を姓として使用。

  三位、 「號」と尊敬する人の姓。

  四位、 筆名全體に意味を考へたもの。

  五位、 有名人や尊敬する人の借用。

 といふ具合になるだらう。
 但し、「號」といふものは一位のものが本來の在り方で、二位、三位は名を變へただけといふのが正しい見方だが、便宜上「號」としておいた。


 從つて、

 一位は「松尾芭蕉」がそれに當り、

 二位は「近江不忍」氏とか、

 三位は「嘉門達夫」氏、

 四位は若干複雜で、ここには「語呂合せ」のやうな筆名(ペンネエム)も含まれ、先に述べた「二葉亭四迷」氏や「半村良」氏がゐるといふ譯である。

 五位は「谷啓(ダニイ・ケイ)」氏や「江戸川乱歩(エドガア・アラン・ポオ)」、マイミクシイの「心亭舮波夫(シンデイ・ロオパア)」氏がゐる。

 その意味では、本名を筆名と呼ぶのは躊躇されるが、それは順位的には隨分下位に屬(ぞく)するものだらう。


 ただ、筆名でもかういふものはどうか、といふものを擧(あ)げれば、

 「太郎・花子」

 といふ姓のない筆名(ペンネエム)で、更にこれを、

 「TARO・HANAKO」

 のやうに、羅馬(ロオマ)字で表記する事で、なんだかこれだと固有名詞といふよりも、普通名詞に聞えてしまふ。
 せめて姓を名乘つてくれないだらうか。


 尤も、本人の自由だからほつといてくれ、と言はれればそれまでであるが、將來、自分が死んだ後もこの名前が殘るといふ事を、頭の隅にでも入れておくのも損はなく、死んだあとの心配までしてゐられないといふかも知れないが、その時に、さう呼ばれてどうだらうか、といふ事ぐらゐは考慮して欲しいものである。


 筆名(ペンネエム)は、本名と違つて一生もんといふよりも、時代を越えて語り繼がれるものである、といふ事を忘れてはならないだらう。
 とはいふものの、檢索サイトやミクシイに於けるハンドル・ネエムは、自身も

「KENTAUROS・改めケンタウロス」

 であるから、大きな事は言へないのだが、しかし、これは渾名(ニツクネエム)といふ風に考へられるから、これでも構はない、と言ひ譯をしておかう。
 なんちツて!


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