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2020年05月26日00:15

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佐賀紀行46 JR唐津線 / 筑肥線

 3月25日水曜日は、蓮池公園を見学した後、蓮池公園前バス停から1630時発佐賀市営バス蓮池・橋津線29系統佐賀駅バスセンター行バスに乗り込み、1700時着の終点で下車しました。料金は390円で、ICカードの使用が可能でした。
 コインロッカーから荷物を取り出し、佐賀の改札を潜りましたが、素直に博多行特急に乗るのではなく、唐津線発着ホームへ向かいます。今回の旅では、未乗路線であるJR唐津線と筑肥線に乗るのも大きな目的だったのです。
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 唐津線の列車は逆方向ホームである博多方面行3番線の端の方から発車しますので注意が必要です。佐賀駅では唐津経由姪浜(メイノハマ)までの切符が売られておらず、ICカード対応区間でも無かったため、唐津までの1130円の切符を買いました。
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 1749時発唐津行5845D列車に乗り込みます。車両は2両編成のキハ47ワンマンカーでした。高校生などで意外に混んでいて、立ち客もかなりいましたが、私は座る事が出来ました。
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 唐津線は久保田―西唐津間42.5kmを結ぶ全線単線の路線で、全列車が久保田から長崎本線経由で佐賀駅まで運行しています。
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 唐津線の前身は、唐津炭田の石炭輸送のために敷設された唐津興業鉄道で、明治31(1898)年に山本―妙見(現;西唐津)―大島間が開業したのが始まりでした。妙見―大島間は貨物専用線でした。明治32(1899)年6月に厳木(キュウラギ)―山本間12.1km、同年12月に莇原(アザミバル;現多久)―厳木間5.6kmが延伸開業し、明治33(1900)年に唐津鉄道へ社名変更しましたが、明治35(1902)年に九州鉄道へ合併されてしまいました。
 明治36(1903)年に久保田―莇原間15.2kmが延伸開業して全通し、その他にも複数の貨物支線が設けられていました。明治40(1907)年には九州鉄道が国有化され、明治42(1909)年に唐津線の名称が定められています。
 大正2(1913)年には貨物専用線だった山本―岸嶽間4.1kmの支線で旅客営業を開始していますが、この支線は昭和46(1971)年に廃止され、唐津炭田の閉鎖に伴って他の貨物支線も次々に廃止されて、昭和57(1982)年の西唐津―大島貨物線廃止を最後に貨物支線は全て消滅しました。
 また、筑肥線の博多方面との接続駅は昭和4(1929)年以来山本駅でしたが、筑肥線の経路が昭和58(1983)年に変更されて唐津駅接続となった機会に唐津―西唐津間2.2kmが直流電化されて、筑肥線・福岡市営地下鉄空港線との直通運転が開始されたのです。なお、姪浜―西唐津間はJR九州唯一の直流電化区間です。
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 さて、5845D列車は1857時に終点唐津駅に到着しました。
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 ここで1901時発福岡空港行筑肥線656C電車に乗り換えです。車両は305系でした。
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 車内はガラガラでした。
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 筑肥線の前身は北九州鉄道です。大正12(1923)年に福吉―浜崎間9.3kmが開業したのが始まりで、大正13(1924)年4月に前原(マエバル;現筑前前原)―福吉間13.4km、同年7月に浜崎―虹の松原間2.1kmが延伸開業されました。
 続いて大正14(1925)年4月に姪ノ浜(メイノハマ;現姪浜)―前原間12.7km、同年6月に新柳町(後の筑前高宮)―姪浜間9.0kmと虹の松原―東唐津間3.0km、同年11月に南博多―新柳町間を延伸開業しました。
 大正15(1926)年には南博多分岐点―博多間が開業されて国鉄博多駅乗り入れを果たし、南博多―南博多分岐点間の旅客営業を廃止して南博多駅は貨物駅に変更されました。博多―東唐津間の営業距離は52.9kmです。
 さらに東唐津からの西進も行われ、昭和4(1929)年に東唐津―山本間7.4kmが東唐津駅でスイッチバックして松浦川の東岸を通り山本駅で唐津線に接続する形で開業しました。昭和10(1935)年には山本―伊万里間25.7kmが延伸されて博多―伊万里86.1kmが全通しました。
 そして昭和12(1937)年に北九州鉄道は国有化され、筑肥線となりました。その際、南博多―住吉信号所間の貨物線は廃止されています。
 昭和37(1962)年には博多―佐世保間を筑肥線・松浦線平戸口駅経由で運行する準急〔九十九島〕の運行が始まり、昭和38(1963)年には大村線経由で長崎まで延長されています。また、同年、博多駅移転により総延長距離が0.7km減少しました。
 昭和41(1966)年には〔九十九島〕が急行に昇格し、博多―佐世保間を筑肥線・松浦線有田駅・佐世保線経由で運行する急行〔からつ〕も博多―伊万里間を〔九十九島〕に併結する形で誕生しましたが、昭和42(1967)年には〔からつ〕が廃止され、昭和43(1968)年には〔九十九島〕が〔平戸〕に改称しています。
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 その後、福岡地下鉄空港線の西進工事が進展すると、相互乗り入れ構想が浮上し、並行する博多―姪浜間11.7kmは廃止される事となりました。
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 更に、松浦川河口に鉄橋を新設してスイッチバック区間を無くす事になり、虹ノ松原―山本間10.4kmも廃止して唐津駅で唐津線に接続させる事となったのです。また、直流電化も行われて、唐津線西唐津まで直通運転が行われる事となりました。
 一連の工事は昭和58(1983)年に完成し、筑肥線は伊万里―山本―唐津―姪浜間75.7kmの路線となり、山本―唐津間7.4kmは唐津線と二重戸籍とされたのです。この結果、電化路線の唐津以東と非電化の唐津以西では全くなる性格の路線となって直通運転も無くなり、急行〔平戸〕も唐津―長崎間に運転区間が短縮され、昭和63(1988)年には廃止されてしまいました。
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 唐津以東では複線化工事も進展し、昭和61(1986)年に姪浜―下山門(シモヤマト)間、平成11(1999)年には今宿(イマジュク)―周船寺(スセンジ)間、平成12(2000)年には下山門―今宿間・周船寺―筑前前原間が複線化されています。
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 さて、656C電車は2009時着の姪浜駅で乗務員が交代し、福岡地下鉄空港線に入ります。この辺りから乗客が増え始めました。
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 空港線の正式名称は福岡市交通局1号線で、昭和56(1981)年に室見(ムロミ)―天神間5.8kmが開業したのが始まりです。昭和57(1982)年には天神―中洲川端(ナカスカワバタ)間0.8km、昭和58(1983)年には姪浜―室見間1.5kmと中洲川端―博多仮駅間が延伸開業して国鉄筑肥線との直通運転が開始されました。昭和60(1985)年には博多仮駅―博多間が延伸開業、中洲川端―博多間は1.7kmとなりました。
 続いて、平成5(1993)年に博多―福岡空港間3.3kmが開業して空港線の愛称が付き、総延長は13.1kmとなったのです。中洲川端―姪浜間は箱崎線列車も乗り入れています。
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 やがて2028時に656C電車は博多駅に到着しました。改札で生産すると1160円でした。結局、佐賀―唐津間と唐津―博多間の切符を別々に買った形になり、かなり損をしました。こんな変なルートを使う奴が悪いんですけどね。ww
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《続く》
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年05月31日 16:37
     福岡市が運行する地下鉄路線も福岡中心部から伸びる良い路線ですね。
     筑肥線は乗った事ありますが、唐津線はまだなのでいつか乗ってみたい路線です。
     
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年05月31日 18:56
    不識庵様
     福岡地下鉄空港線は板付空港・博多駅・天神と福岡の重要地点を全て通るので非常に便利な路線ですね。
     唐津線は意外に乗客が多い路線ですので、もっと車両を増結して欲しいものです。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年06月03日 11:34
    スイッチバックはすっかり希少になりましたね。いま全国で10ヶ所もないのではないかと思いますが、誰か調べてくれないかなぁ(^^;
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年06月03日 11:52
    yuki/ぷる様
    昭和時代に多数あったスイッチバックも希少価値になってしまいましたね。乗務員泣かせだったと思いますが、風情はありました。

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